壊して、壊さないで。

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「ねえ、小学生の頃からって、お母さん達がいたときのこと?」 「だからここで約束したんだろ」 約束。 両親や参拝客の目を盗んで、神さまからは見られていることも知らず、御神木の影で口付けを交わした。 風が掠め去るのと同じくらい一瞬のことで、息のかかる距離で、しいっと唇に人差し指を置いた幼い頃の葵衣の姿が頭に浮かぶ。 『 生まれ変わったら、この場所でまた会おう 』 約束を思い出したとき、双子としての今では葵衣とともにいられないという意味に捉えて、記憶から掘り出してしまったことを後悔した。 「あのときからずっと決めていたことがある。だけど、何も持っていないくせに自信を張ったって虚勢になるだけで、何より神さまの前で嘘は吐きたくなかった。必要な嘘は人を傷付けてでも吐く最低な奴になってでも、約束が半分しか叶わないように、必ず果たすと決めてた」 「半分……」 話のほとんどが意味を理解出来なくて、月明かりに照らされた葵衣の横顔を見遣る。 もう、揺れてなんていない。 真っ直ぐに前だけを見据えた瞳が、わたしを見下ろして、捕える。 椛の葉の下で立ち止まり、葵衣がわたしの手を強く引いた。 力が流れる方向へと身を任せると、すっぽりと葵衣の身体に包まれる。 「俺と花奏は双子で、どうしたってそれは変えられない。花奏と一緒にいることは当たり前に出来るけど、違う家族の形にはなれない。擬似でもいい、フリでもいい。俺の独り善がりじゃなく、花奏も同じことを望んでくれているのなら、そのとき俺は花奏を守れるくらい強くいなきゃいけない」 強くならなければ、一緒にはいられない。 与えられた障害が理不尽だと憤ったって、怒りではお互いを守ることは出来ない。 「社会に出たときに何を言われても花奏を守ってやれる自信はまだない。花奏と同じように高校に行って、同じように卒業して、ずっと隣に並んでいたらダメだって思ったから、先に経験を積もうとした。だから、一旦違う道に進んだ。三年もかかったけど、必要な時間だったって言える」 「でも、離れて行くんでしょう」 ズレてしまった三年間を取り戻す、という意味ではないのだろう。 それでも、これからの三年間、葵衣がいないことに変わりはない。 「俺も探り探りだから、まだこれで合ってるのかどうかはわからない。だけど、いつか周りの人間を巻き込んで俺と花奏が糾弾されたとき、何も言えない俺でいたくない。そのときには花奏のことも自分のことも守れるように、今はこれが一番いいと思ってる」 真剣だったけれど、脆かったわたしの二年分の決意は、葵衣と完全に別離をするために用意したもの。 自信なんてなくて、離れられなかったときのことは考えないようにして、残りの期間を甘んじた。 根本から、葵衣はちがう。 これから、葵衣と離れて過ごす三年間は、それより先の未来を共に過ごすための準備。 「半分ってどういうこと?」 ひとつだけ引っ掛かりを残す、約束の半分。 「もし、花奏との未来を得られなかったら、離れなきゃいけなくなってしまったら、来世では絶対にそばにいられるようにっていう願いだよ。でも俺は貪欲だから、今世でも花奏を手に入れて来世でも出会いたいと思う。それで、半分。わかるか?」 「葵衣が欲張りってことだけはわかる」 「合ってるよ、それで」 乾いた笑いを零して、それを皮切りに夜の空気によく通る笑い声を耳元で発し続けられて、くすぐったさに身を捩る。 「そういえば、姉さんには話してたんだ」 「え……?」 「高校には行かないって決めたときにな。理由がないと中卒で働くのは許可出来ないって。姉さんもちゃんと保護者なんだなって思ったな」 「それで……?」 心当たりならある。 あの予感が当たっているとしか考えられない。 その反面、信じられない気持ちが前に出る。 「花奏と一緒にいられるように、今は違う道を行きたい。そのままを伝えた。どこかのタイミングで高校に通うか、高卒認定を受けることを条件に許してもらったよ。花奏の高校三年間と、俺の方はもしかしたら三年じゃ足りないかもしれなかったし、春からの入学も実は結構詰めた。頑張ったんだぞ、俺」 こつん、と額をぶつけて、至近距離で笑顔を見せるけれど、葵衣が並じゃない努力をしてきたことは、これまでの生活を思い返せば、わたしでもわかる。 わたしの想像よりも、見てきたよりもずっと、葵衣はこの三年間に大変な思いをしてきている。 自惚れではなく、わたしのため。 そして、葵衣自身のために。
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