見せて、見せないで。

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たったの一瞬でいい。 日菜の手を引き剥がす痛みに堪えることが出来たら、後は胸に残っていた淡い期待を放り捨てて、巻き込んでしまえばいい。 わたしの腕を掴む日菜の手を握る。 思い切り掴んだつもりが、ろくに力も入らない。 二年後には壊してしまわなければいけない葵衣への想いを守るために、長年一緒にいた日菜を利用することなんて出来ない。 かといって、突き放すことも出来ない。 隠し事が見つかってしまったのなら、もう前のようには戻れないのに。 「わたしね」 片腕に日菜を支えているせいで、バランスをとるのが難しくなってきた。 日菜に覆い被さるように、空いた手をその背中に回す。 「葵衣が好きなの」 いつか、葵衣ではない誰かの名前を口にして、日菜と笑い合う日を夢見ていた。 想像も出来ないけれど、いつかはきっと、と。 「わたしは、葵衣しかいらない」 他の誰かを好きになりたくない。 いつかは壊さなければいけない葵衣への想いが砕けてボロボロになったとしても、次なんていらない。 ガラス片のように、わたしを傷付けるだけだとしても、それさえあればいい。 「なにそれ……あたしと、慶のことは?」 「っ……ごめん」 ふたりのことも大切に思ってる。 こんな、最低なわたしのために涙を流す日菜のことを、裏切りたくない。 あとたったの二年のために、その後の未来を賭けようとすることが、どれほど浅はかで馬鹿げたことなのかもわかった上で、葵衣以外に背を向けた。 だから、せめて面と向かって告げるべきだと思った。 「葵衣さえいてくれたらいい」 日菜の背中に回した手を離す。 落ちた沈黙の後、わたしの腕を押して、日菜が掠れた声を絞り出す。 「かえって」 後ろ髪までもが顎のラインにかかるほど、わたしの姿を映したくないというように俯いて、全身で拒絶をする日菜の前から立ち去る。 部屋を出る間際の後ろも、外に出た後にいつも日菜が手を振るのが見える窓も、振り向きはしなかった。
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