届いて、届かないで。

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誰もいない家の中を寂しいと思ったことはない。 友紀さんが忙しいのは昔からのことだし、中学の頃は葵衣もわたしもお互いに構っていられないほど自分のことで精一杯だったから、そのときのすれ違いに比べると、葵衣が確実に帰ってきてくれるということだけで、不安は吹き飛んでしまっていた。 葵衣が高校へ進学をしなかったのは、単に友紀さんへの負担を軽くするためじゃない。 そんな理由では、友紀さんだって納得しない。 一時期、学校にはいないし家にも帰らない、けれど慶曰くそのうち帰ってくるからと言って葵衣が姿を消したときがあった。 わたしは知らなかったのだけれど、葵衣は自分のクラスの人達と上手くいっていなくて、喧嘩に明け暮れていたらしい。 時々怪我をして帰ってくることがあったけれど、理由を聞いても教えてくれないから、ただ心配することしか出来なかった。 慶の言葉通り、一週間が過ぎた頃にふらりと帰ってきた葵衣は部屋に篭りがちになり、結局中学を卒業するまで学校には一度も来なかった。 後に友紀さんから、一先ずは進学を考えずにゆっくりさせてやろう、と聞かされた。 わたしが高校に入学して三ヶ月が過ぎた頃、ちょうど今から一年前、葵衣は突然バイトを始めて、家にいない時間を増やした。 友紀さんもわたしも最初は心配していたけれど、葵衣はもともと適応力があるし要領もいいから、段々とその心配も薄れていった。 思えば、中学の頃に葵衣とすれ違いが起きたきっかけは、確か葵衣に彼女が出来たこと。 日菜に限らず、周りの女の子達の話題は恋愛系のものが大半を占めていて、わたしはそれが苦痛で仕方なくて、毎日イライラしていたっけ。 そんなときに葵衣がマンションの近くの街路樹の下で、他クラスの小さくて可愛い女の子と一緒にいる姿を見てしまった。 わたしに気付いた葵衣に手を振られ、どうしたらいいのか迷っていると、彼女の方もこちらに向かってぺこりと頭を下げる。 羨ましさと妬みと僻みが綯い交ぜになった感情を初めて知ったのはあのときだ。 熱くなった顔はきっと醜く歪んでいることがわかっていたから、俯いたまま葵衣と彼女に背中を向けた。 わたしがどれほど欲しても手に入れられないものを、簡単に、何の気も知らずにそばに置いてしまう彼女が心底憎くて、自分が情けなくて、人目につかない場所で泣き続けた。 けれど、あのとき、公園の片隅で泣きじゃくるわたしを迎えに来てくれたのは、葵衣だった。 昔から変わらないことはいくつもある。 わたししか知らない葵衣がいて、葵衣しか知らないわたしがいて、それを見せびらかすように掲げて自慢をするのは簡単なこと。 虚しくて、悲しいだけの自己満足を頭の中に描いては、望んだのはこれじゃないとかき消して、本当に欲しいものには決して手が届かないことを知る。 不意に、残り二年と決めた期間が無意味なものに思えて、足の爪先にぐっと力を篭める。 どれほど悩んでも揺らいでも、迷わないと決めた。 悩んでもいいから、迷わないって、自分に言い聞かせてきた。 誰かを傷付けたことまで無意味にはさせない。 自分の足で立って、葵衣から離れるまでは絶対に。
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