届いて、届かないで。

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「何してたんだよ」 足を止めていたふたりのそばまでは三十メートルほどしかなかったのに、辿り着くまでに随分と時間がかかったように感じた。 日菜と葵衣は肩を触れさせてなんていないし、ひとつの傘の下にもいない。 お互いに、別の傘の下にいる。 「何って……コンビニに行ったら日菜に会ったからここまで帰ってんだろ。お前らこそ、何してんの」 日菜はわたしと目を合わせようとせずに無言を貫いているけれど、葵衣は表情に出さないだけで困惑しているように見える。 わたしに目をやって、呆れたようにため息をつく。 「花奏は……そんな格好して。傘はどうしたんだ」 「傘……」 学校に持って行っていた傘の行方はわたしと日菜しか知らない。 盗られたのだと言い訳をするのが最善だと判断して、恐る恐る口を開こうとしたけれど、わたしよりも先に日菜が話し出した。 「橋田に貸したんだよね。一緒には帰らなかったみたいだけど」 「橋田……?」 ぴくり、と葵衣の眉間に皺が寄る。 ちがう、とは言えなかった。 橋田くんに傘を貸したのは本当のことだから。 弁解をする一瞬を逃して、一歩下がろうとしたときには葵衣に詰め寄られていた。 「人に傘貸して自分は濡れて帰ってきて? 風呂上がりで湯冷めするってのに慶とこんなところにいて? お前、何がしたいんだ」 「ちが、だって……日菜が」 「日菜が? なんだよ」 一歩も引けないように、慶の傘とぶつかるのも構わずに葵衣が腰を曲げてわたしの顔を覗く。 静かな瞳はひどく怒っていて、苦し紛れに日菜に目を向けようとすると、ガッと後頭部を掴まれる。 痛みはないけれど強引で、反射的に手を伸ばした慶さえ、葵衣が突き飛ばすように跳ね除けるから、わたしは葵衣の傘の下に入ってしまう。 紺色の傘は大きくて、わたしの方へ大きく傾けても葵衣の背中を濡らさない。 今、この場でわたしが答えられないことを、日菜と慶は知っている。 葵衣だけが知らない。 葵衣にだけは、知られてはいけない。 悔しくて、唇を噛み締めた。 葵衣と真正面から向き合ってそうすると、絶対に口を開かないという意思が伝わるのか、苛立たしげに落とされた舌打ちと共に手が離れていく。
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