触れて、触れないで。

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◇ 翌日もその次の日も、雨は降り続いた。 週間天気予報は見事に真っ青で、傘マークが並んでいる。 普段はベランダに干している洗濯物を室内干しにしているだけで、リビングが窮屈に感じる。 ソファに凭れてテレビを観ていると、フローリングの床が軋む音がして、開きっぱなしのドアの方向を見遣る。 片方の肩がだらしなく肌蹴た、首元の緩いシャツに黒のハーフパンツ姿の葵衣が、いつにもましてくるくるとうねるくせっ毛を掻きながら、ソファに向かってきた。 「おはよう、花奏」 「おはようの時間じゃないよ。もう夕方」 朝に一度と昼に二度も起こしたのに、葵衣は返事すらしなかった。 部屋に入り込んで叩き起してやろうかとも思ったけれど、葵衣の空間に入って平静でいられる気がしなくて、葵衣の部屋のドアが可哀想になるくらいに強く叩いて、呼びかけて、それでもダメだったから、諦めて放っておいた。 「姉さんは?」 「さっき呼び出された。帰りは夜中になるって」 葵衣はわたし達の保護者である叔母のことを『姉さん』と呼ぶ。 叔母さんがまだ若いこともあるけれど、両親が生きていた間は親戚との付き合いもなかったから、叔母と名乗ってわたし達を引き取ってくれた人をそう呼ぶことに抵抗があったらしい。 わたしも家の中では『 友紀さん 』と呼んでいる。 「最近多いよな。せっかくの休みなのに」 「まあ……友紀さんも大変だからね」 返事になっているのかわからないけれど、友紀さんが多忙なのは本当のこと。 数日間家を空けることもよくあるし、今は新しいシステムを導入したばかりで、エラーが出る度に友紀さん頼みという始末らしい。 家にいてもパソコンを開きっぱなしの友紀さんの姿を見ていると時々心配になるけれど、その背中に手を添えるのはいつも葵衣の役目だ。 『 大変そうだから、声かけてあげて 』と葵衣に何度も頼むうちに、タイミングも自分で見計らって友紀さんのサポートをするようになった。 わたしに出来ることは、友紀さんの好きな食べ物を用意することくらい。
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