言って、言わないで。

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「あ、見えた見えた。あの点が葵衣かあ」 「点って。もう少しはっきりしてるでしょ」 ひらひらと軽く手を振る友紀さんにも気付いたようで、しばらくこちらを見ていた葵衣が去って行くのと同時に散策を再開する。 しっかり防寒してはいるけれど、山の上の方には雪が積もっていて、道中の温度表示には『 2° 』と書かれている。 長くは外にいられないとわかって、友紀さんがリサーチしていたお店を片っ端から回っていく。 どの場所でも小物をひとつは購入する友紀さんに、一旦先に行ってから帰る道すがらに買えばいいのではと言うと、わかりやすく、しまった!という顔をする。 両手に抱えた袋をわたしも半分持つようになる頃、ようやく店の垣根が途絶えるところが見えてきた。 「ジュエリーショップなんてあるんだね」 道すがら、八畳くらいの小さな店内をちらりと覗き見ると中にいた女性の店員がにこりと笑って会釈をしてくれた。 「ここ、結構人気なのよ。お姉ちゃんの指輪もここで作ってもらったんじゃなかったかな……あれ、ちがうか」 「覚えてないの?」 「そりゃあ、私のじゃないし。そうだ、私もここのが良かったんだけど、忘れちゃってたなあ……」 しみじみと呟く友紀さんに、入る?と聞かれたけれど首を横に振る。 一瞬、橋田くんに何か贈り物をと思ったけれど、何も買わずに出て来てしまうような気がしたから。 「花奏はネックレスとかイヤリングつけないしねえ。もう少し大人になったらまた来ようか」 また子ども扱いか、と思うけれど、実際にわたしは装飾品を好んで身に付けないし、橋田くんにもらったバレッタも家に置いて来ている。 突き当たりのはちみつ専門店に入っていく友紀さんを追いかける前に、もう一度ジュエリーショップを見遣る。 小窓サイズのショーウィンドウに並べられたネックレスには星と月のモチーフが重なっていて、近くで見たかったけれど、店の奥からさっき女性が出てくるのに気付いて、逃げるようにはちみつの店へ入る。 店内には甘ったるい匂いが漂っていて、見渡す棚全てに大小様々なはちみつの瓶が置いてある。 はちみつそのものだけではなく、お酒やギフトの詰め合わせ、可愛らしい小瓶いっぱいに詰まったキャンディなども目に入る。 容量にもよるけれど、価格帯はピンからキリまであって目移りする中、友紀さんは迷いなくポンポンとカゴにはちみつの瓶を入れていた。 最後の最後に大荷物になりそうだ。 先に店を出て、遠目にジュエリーショップを見ていると、さっきは見えなかった男性の店員が表に出て植木鉢の花に水をやり始めた。 その様子をぼうっと眺めていると、友紀さんが買い物を終えて出てくる。 「おまたせ。……花奏? やっぱりあのお店が気になるの?」 「気になるっていうか……」 何だか忘れられような雰囲気のあるお店だと思う。 「行く?」 「行かない。また今度ね」 我ながら強情だ。 ちょっと立ち寄って見るだけでも、あのスペースなら五分もかからない。 買うつもりがないというのと、ひとりでは持ちたくないけれど橋田くんと何かをペアで持つことに抵抗があるから、万が一にも店に入って気に入るものがあったらいけない。
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