言って、言わないで。

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葵衣は? と聞こうとして、やめた。 望む答えであっても、望まない答えであっても、わたしは葵衣の未来を心から応援は出来ない。 そこにわたしがいたとしても、いなかったとしても、そのどちらも、喜ぶことが出来ない。 三十分ほどして、友紀さんが食事を誘いに来た。 二階はフロア全体が六分割されていて、友紀さんはビュッフェスタイルの方へ行ってしまった。 朝食は三人で摂ることにして、夜は各々自由にしようということらしい。 メニューブックを見て周り、あっちにしようかこっちにしようか迷っている間、葵衣はわたしについて来るから、どこがいいか聞いてみると、どこでもいいと返してきた。 「鍋かなあ……ねえ、葵衣も鍋でいい?」 勝手について来ているのだから、聞く必要なんてないかと思うのだけれど。 「しゃぶしゃぶ以外にもあんの?」 「すき焼きもあるし。あ、ほら。カニもあるよ」 メニューブックをパラパラと捲って、わたしはもうここにしようと決めた。 カニか、肉か、とぶつぶつ言っている葵衣を置いて中に入ると、すぐに追いかけてきた。 どうせ、別のところへ行く気はなかったのだろう。 案内された奥の個室は掘りごたつ席になっていて、いつの間にか並んでいた葵衣の先を越して足を下ろす。 「あったかあ……こういうの、居酒屋以外でもあるんだね」 「鍋食ってたら暑くなるぞ、絶対」 「そういうこと言わないの!」 コートは部屋に置いてきたせいで、ここに来るまでに冷えてしまった身体を縮こまらせてテーブルの下の足を伸ばすと、葵衣の足首辺りにぶつかる。 真正面に座らずに少しズレて座ってくれたら、お互いに足を伸ばせるのに、わたしも葵衣も動かない。
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