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「そこはゴマダレだろ」
「は? ポン酢でしょ。何言ってんの」
「お前の好みは知らない。勝手にかけんなって」
すっと伸びてきた手が皿とゴマダレの瓶をさらっていく。
器用に指先で皿を持ち、丸めた手のひらで瓶を押さえるから、落とすんじゃないとヒヤヒヤした。
お互いに自分の料理ではなくもらった方を食べる。
せっかくあつあつなのに、冷えてしまうといけない。
「美味しい……!」
「美味い」
一口では入りきらないほど大きなカニの足をポン酢につけて食べる。
ゴマダレに浸すというよりも、僅かにつけただけの肉を一口に頬張る葵衣とほぼ同時に言った。
顔を見合わせて、笑い合う。
やっと自分の料理を口に運び、舌鼓を打つ。
「こっちも美味しい」
「やっぱ、カニだな。でもそっちも捨てがたい」
「いっぱいあるから食べなよ」
こちらに寄っていた鍋を真ん中に動かして、肉の皿も葵衣へ近付ける。
葵衣も同じようにして、カニの足をいくつかわたしの方へと向ける。
自分が頼んだものよりもお互いの料理に手を伸ばしてしまっていることに気付いたけれど、人が食べていると美味しそうに見えるのだから仕方がない。
遠慮しろと言われたのならそうするけれど、葵衣も黙々とわたしの料理をつまんでいるから、何本目かのカニの足を勢いよく引き抜いて口に頬張る。
飲み込むたびに、自然と口角が上がって頬が緩む。
ふと顔を上げると、箸を置いた葵衣がじっとわたしを見ていた。
「なに?」
答えないのではなくて、何も聞こえていないように、葵衣はわたしを見ている。
次第に、温もった身体が別の熱を持つ。
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