言って、言わないで。

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窓際の葵衣が座っていた場所で膝を抱える。 月明かりに照らされた川面は、まるで夜空を鏡に映したようにキラキラと輝いている。 綺麗なのに、少し怖くて、窓から顔を背けた。 手荷物を何も持っていなかった葵衣が時間を潰せる場所は限られている。 友紀さんのところへ行っているか、もしくはホテルのロビーにいるのかもしれない。 コートも羽織らずに外に出ていることだけは考えたくなかった。 旅先に着いてすら葵衣を部屋に戻りづらくさせるのだから、家に帰ってこないことも当然のように思えた。 わたしのいる場所に、葵衣は帰ってこない。 わたしがいるから、帰ってこられない。 カーテンを引くと、部屋は暗闇に包まれた。 膝を抱え直して顔を埋めると、どうしようもないほどの不安に包まれる。 贖罪だとは言わない。 これは、わたしのためだ。 葵衣に与えているものが必ずしも闇夜のように暗いとは限らない。 わたしがいない場所は、葵衣にとって心地の良い場所なのかもしれない。 テーブルの上に伏せた携帯が小さく振動する。 身を乗り出すようにして確認すると、友紀さんからのメッセージだった。 温泉に行かないか、という内容だったけれど、部屋のシャワーで済ませると返す。 温泉街のホテルの湯を逃すなんて勿体ないと思うけれど、葵衣がどこにいるかわからないのに部屋から出るわけにはいかない。 タイミング悪く、わたしがいない間に戻ってきた葵衣が、無人の部屋を見て何を思うのかはわからないけれど。
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