言って、言わないで。

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「どうするの?」 葵衣に与えた選択肢は三つ。 葵衣は多分、そのうちの二つしかわかっていない。 ひとつは、二人で部屋へ戻ること。 ふたつめは、二人でここにいること。 みっつめは、わたしがここに残ること。 理由はどうあれ、葵衣がわたしといたくないというのなら、そうしてあげたい。 ここに葵衣をひとり残すという選択肢は排除した代わりに、それだけは譲らない。 自分のコートは持ってきていない。 お風呂上がり用の上着はバッグの底に眠っている。 ボアニットの生地は温かいけれど、少し大きめなサイズだからか裾や袖から忍び込む冷気に身体を縮め込む。 裏起毛のジーンズのおかげで足が冷えないことが幸いだった。 「ほんっと、馬鹿だよ、花奏は」 「そうかな。そっくりそのまま葵衣に返したいんだけど」 たったの数分居るだけで指先まで凍えるほど寒い場所に、かれこれ二時間以上いるのだから。 スリッパから足を抜いて両腕で膝を抱える。 少しだけ、凭れた葵衣の腕に体重を預けた。 夜の静寂に耳を澄ませると、微かな息遣いが聞こえる。 もっと近付いてしまえば、心臓の音までもが聞こえてしまうんじゃないかと思う。 どうせふたりでいるのなら、布団があって空調も効く部屋に戻った方がいいと、葵衣ならとっくに気付いている。 あくまでもここにいるといいたいのだろう。 それならわたしも折れずにそばにいるだけだ。
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