言って、言わないで。

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「聞いてもいい?」 「さっきから聞いてばっかだろ」 それもそうだ。 脈絡のない、どこにも辿り着けない問いばかり。 「わたしと双子で良かったことと、良くなかったこと、どっちが多い?」 これには葵衣も考え込むと思ったのに、止めていた息を吐き出すよりも早く声が背中越しに飛んでくる。 「どっちもない。だけど、花奏さえいなきゃよかったと思うことは、ある」 言葉の暴力というものは、言葉の卑劣さや下衆さに准ずるものではないらしい。 後頭部を殴られたような衝撃、とまではいかないけれど、がしりと掴まれて顔を水面に浸されたような、ゆっくりと呼吸を奪う優しい痛みが駆け抜ける。 「それでも」 薄く唇を開いて、瞬きも出来ずにいるわたしから声が離れていく。 そこでようやく、葵衣がずっと俯いていたことに気付いた。 今は窓越しの夜空を見上げているのだろう。 「もし、この世界が消えてなくなってしまうとき」 突然のたとえ話に、その映像を想像する間もなく、葵衣が続く言葉を紡ぐ。 「最後にこの手に残るものがひとつだけあるのなら、それは花奏がいいと思ったんだ」 世界から何かが消えてしまうのではなく。 世界が消えてしまうとき、自分自身も消えてしまうとき、大切な人さえも消えてしまうとき。 最後にその手に残るものになりたい。 くっ、と喉の奥が音を立てる。 込み上げたそれが涙のなりそこないなのか、想いの残滓なのかは、下してしまったのでわからない。 だけれどそれが、漏れ出してしまわなくて良かった。 「わ、たしも……」 世界が消えてなくなってしまうとき、最後にこの手に残るもの。 膝を抱いて、両方の肘を包んでいた手を眼前に翳す。 こんな手では葵衣を庇うことは出来ない。 一回り大きい程度の葵衣の手でも、わたしを庇うことは出来ない。 理由も、言い訳も、建前も、全部全部取り払って。 最後のときにただ、この手に残るのは。 「っ……葵衣がいい」 誰よりも好きで、何よりも大切な人。 笑ってはいない、きっと泣く。 葵衣だけは助かりますようにと願って、消えてしまうのだとしても、願いの行く末を永遠に知ることがなかったとしても。 わたしは、葵衣を望む。
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