言って、言わないで。

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もう、言わなくてもわかってる。 伝えなくても、伝わってる。 葵衣は、わたしの最愛の、彼は。 わたしと同じ想いを、その胸に秘めている。 言って、言ってよ、葵衣。 叫ばなくていい。 わたしだけ聞こえるように、囁いて。 そうしたら、わたしも同じ言葉で応えよう。 「花奏」 妙に熱っぽい声が、また近くなる。 葵衣がわたしの方を向いているのがわかる。 「花奏……」 名前を呼ぶばかりで、続く言葉は一向に出てこない。 言って、言って。 言ってほしい、けれど。 「言わないで」 なけなしの理性が押し止めてくれた。 葵衣が飲み込もうとしているのに、わたしが促すわけにはいかない。 かといって、待っているだけではいけない。 もう、この想いはわたしだけのものではなくなってしまっているから。 「ごめんね……」 何に対しての謝罪なのだろうか、これは。 誰に対してなのかもわからない。 「部屋、戻ろう……?」 冷えた足を伸ばして床につけると、足裏がひやりとした。 既に全身が冷えきっているせいで、靄がかかるようにぼんやりとした頭に大した刺激はないけれど、冷たさを通り越して痛みさえ感じる。
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