言って、言わないで。

21/37
前へ
/132ページ
次へ
気付いたときには、葵衣と共に布団に倒れ込んでいた。 嘘だ。本当は、葵衣の身体が傾いていくのに合わせて、わたしから倒れ込んだ。 どちらかが覆い被さるわけではなく、抱き締められたまま、横たわったあと、わたしは身体を丸めて葵衣の胸に顔を埋めた。 心臓の音が肌に伝わって、わたしの心臓も同調したがっているのに、同じペースに落ち着かない。 こんなにも穏やかな夜が訪れるとは思わなかった。 ふたりで同じ部屋にいること、同じ布団で眠ること。 いっそ、ずっと閉じこもっていたい。 もっと、ずっと眠り続けたい。 そのうち、葵衣の口からは寝息が零れ始める。 眠れずに朝を迎えるのではないかと思っていたから、こんな状況とはいえ、葵衣が寝付いてくれてよかった。 葵衣の鼓動と寝息を満更でもなく甘受していると、眠気の霧がぼんやりと頭にかかり始めて、一度腕から抜け出そうと試みるけれど、無理に剥がすと起こしてしまうことを踏んで、早々に諦めた。 掛け布団も下敷きにしてしまっているせいで、かけるものが何もない。 わたしの布団は壁の隅に追いやっているから、手を伸ばしても届かない。 葵衣に頭から足先までを包まれているわたしはいいけれど、葵衣の背中は寒いだろう。 彷徨わせた指先に触れた枕元のコートを引き寄せて、届く範囲で被せると、葵衣が微かに身じろぐ。 目を覚ましはしないけれど、小さく唸る声が聞こえて、背中を優しく摩る。 そうすると、少しは安心出来ると思ったから。 束の間で、偽りの安心だとしても。 ようやく葵衣と同じペースで鼓動を刻み始めた心臓の音を感じながら、顔ごと押し当てたわたしのものでない鼓動を耳に流し込む。 メトロノームはタイミングをズラして始動させても、いずれは同期するという話を、随分と前に聞いた。 揃っては歪み、また揃う。 それがなぜだかとても、蠱惑的なものに思える。 メトロノームが振るう音も、アナログ時計の針が動く音も、実際には取るに足らないのだけれど。 もう、何も考えたくなかった。 明日のことも、昨日のことも、これからのことも。 わたしを包む温もりひとつあれば、それでいいと思えるのに、朝になれば葵衣は振り向きもせずに行ってしまうのだろう。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加