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「それだけじゃなくてね……」
歯切れ悪く言って、再び箸を動かし始めるから、多分話す気はないのだろう。
曖昧に流すと友紀さんが決めたのなら、わたしも深くは聞かない。
朝食を食べ終え、ルームキーをフロントに返すとき、葵衣の持っていたキーは友紀さんが握っていた。
「葵衣、出て行く前に寄って行ったの?」
「え? うん。先に帰るからよろしくって。一泊出来るかわからないって言ってたから、とりあえず朝までは居られてよかったんだけど、やっぱりなあ……無理矢理連れて来ちゃったようなものだから、葵衣も疲れたんじゃないかな」
「……ちょっと待って。一泊出来るかわからないって、どういうこと?」
「あれ、聞いてなかったの? 本当は今日の朝から仕事だったところを昼からか夕方にしてもらったって。ここの予約をした後に言われて、日を改めるか葵衣は残るか聞いたんだけど、途中で帰ってもいいなら行くって言ったのよ。花奏にも伝えてるって聞いてたんだけど、知らない?」
「そんなの、知らない……」
違和感の正体がわかったところで、もやもやが増しただけ。
葵衣の口からわたしに伝えていると言ったのなら、友紀さんの勘違いだとか、解釈違いではないのだろう。
知っていて、わたしにだけ言わずにいた。
友紀さんと顔を合わせて話をしたら気付いてしまうことくらい、葵衣なら予想出来たはずだ。
いつも、葵衣の言動の根っこが見えなくて、それを探ろうと手繰り寄せてもダミーを引くばかり。
だからもう、考えることはやめた。
理由がなければ納得が出来ないと憤るほど、わたしも子どもじゃない。
騙されたようなものだけれど、葵衣はわたしを貶めたくて黙っていたわけじゃないと思うから。
どうせ、いつもの遠回りをし過ぎた優しさだ。
「葵衣にもお土産買って帰らなくちゃね」
「友紀さん、もう荷物いっぱいでしょ。葵衣も欲しいものは自分で買ってるよ」
「それもそうねえ」
ホテルを出ると、部屋で窓を開けたときよりも幾分か優しい風が吹いていた。
そういえば、部屋の窓は川に面していたから、風が強いのも冷たいのも当たり前だった。
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