言って、言わないで。

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「まあ…… 花奏に怪我させたら葵衣に合わす顔がないから、いいんだけど」 ぼそ、と呟かれた言葉を、以前なら聞き逃していた。 何を言っているんだ、と一蹴していた。 けれど、今ならわかる。 「葵衣のことが一番見えていないのはわたしだって言ってた意味、やっとわかったよ」 息を飲む音が、風の音に紛れて確かに聞こえた。 信じられないものを見るような目を向けられて、わたしも慶を見つめ返した。 「それで……言ったのか?」 「言わなかった」 言えなかった、ではない。 言えた、けれど、言わなかった。 「何でだよ!」 掴みかかる勢いで慶がわたしに詰め寄る。 本当は、握り締めた拳を振り上げたいはずなのに、筋がいくつも浮き出るほどに力を込めて堪えている。 「いい加減にしてくれよ」 「慶……」 そこまで慶が怒る理由がわからない。 わたしの味方をしてくれている、というだけではなくて、慶は葵衣の気持ちも知っている。 確信さえ持っていた。 慶は、わたしだけのことにここまで必死にはならない。
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