あるはずのない詩 / 第二章 悪いひとたち 

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「ヤバイ? ぼ、僕の小説がヤバイって、何が、どうヤバイんですか?」 「危ないんだよ。を書いたら命を狙われたって文句は言えないさ。暗殺対象者リストのトップに躍り出る。だからこそ場所を変えたし、盗聴されている可能性も考慮して大きな音を出している。お、いいね、『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』じゃないか。なかなかだ」  カラオケの曲が『情熱の薔薇』から、セックス・ピストルズの『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』へと変わった。  さっき純人が選んだ曲だった。  この曲がリリースされた1977年、イギリスは1960年代から続く社会的な問題に苦しんでいた。  充実した社会保障制度や基幹産業の国有化により、社会保障負担は増加し、国民の労働意欲が低下し、様々な既得権益も発生した。  所得が増えれば税金で持っていかれ、失業しても生活に支障は出ない。やや乱暴な言い方をするなら、働いても働かなくても同じ暮らしが出来る社会。労働者は働くのがバカらしくなって、国としての競争力を失った。  イギリスは未来のない社会(ノー・フューチャー)だった。  イギリスの国歌と同名異曲のこの曲で、ピストルズはイギリスの現状を(うれ)(なげ)き、英王室を糾弾(きゅうだん)する。  彼ら(ピストルズ)は皮肉を込めて「神よ女王を守り給え(ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン)」と叫ぶ。  当然のように放送禁止とされた曲だが、1970年代のUKパンクを──いや、全年代のロックを代表する名曲だ。 「どうして僕が? どうして、小説を書いただけで命を狙われるなんて状況になるんですか?」  純人は、あからさまに狼狽(ろうばい)する。 「そうだな──君が理解しやすいようにするには、どこから説明すればいいだろうか? 何しろ本筋は単一だが、色々な方面で複雑に絡まっているからね。まあ、どこを辿っていっても(いず)れは同じ結論が導かれるから、起点はどこでも構わないか。君は何が得意だい? 歴史、宗教、戦争、政治、経済、金融、それとも──芸術、かな?」 「あの──何を(おっしゃ)っているのか、全く意味が解りません。やっぱり僕をからかっているだけなんじゃないですか?」 「大丈夫、今から説明することが理解出来れば、この世界に(ひし)めく課題がクッキリと見えてくる。課題が見えれば、解決策だって自ずと浮かび上がって来るだろう。」 「今のところは、どんどん解らないことが増えてってますけど」 「そうかッ! そうだよッ! 議題(テーマ)を決めようじゃないか。お話にはテーマがないと締まらないもんだ。何がいいかな? そうか、君の小説に絡めて紐解(ひもと)いていく方がいいな。よし、決めた。テーマは──」  伊師崎は、言葉を切って大きく息を吸った。 「──?」  純人は思わず身震いする。背筋に微かな電気の流れを感じた。 「誰がロックンロールを──殺した?」 「いいかい、このテーマで進めるよ。結論まで見事に着地できましたら、ご喝采(かっさい)を」  「進めるよ──と言われても、僕は何をすればいいんです?」 「まあまあ、大人しく説明を聞きたまえ。まず、この世界が巨大なに支配されているのは理解しているだろ?」 「はい?」  純人は、この年一番の素っ頓狂な声を上げた。
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