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1985 / Chapter 1 : Rock'n'Roll Suicide
「──どおゆう事だよッ!」
常磐柊露は憤っていた。
あまりにも勢い良く立ち上がったせいで、座っていたパイプ椅子が弾かれたように後ろへと倒れる。
今にも机越しにマネージャーの苅安霞へと掴みかからんばかりの勢いである。
所属レーベル『フリークス』の会議室の中で二人は安っぽい長机を挟んで対峙している。
「そのまま言葉通りの意味だ。お前らの新曲はリリースされない」
強面の柊露の顔面が迫ってきても、苅安は怯む様子もない。
苅安は柊露の扱いを心得ている。
日頃から乱闘騒ぎを起こすことも少なくないが、柊露は正当な理由が無ければ決して手は出さない。
暴れている時でさえ理性は残っている。
地頭の良さが言動をセーブしているからだ。
だから、勢い余って取り返しのつかないことをしでかすこともない。
柊露とは、そういう男だ。
逆に、正当な理由が有れば、笑いながら突っ掛かってくる。
愉しげに、致命傷にはならない箇所を容赦なく執拗に殴り付けてくる。
柊露とは、そういう男なのだ。
苅安はその辺のことを熟知している。
どれだけ凄んで見せてきても、この状況で殴りかかってくるとは考えられない。
だから、平然と構えていられた。
見た目はソフトで一見弱腰なサラリーマンだが、苅安はマネージャーとして遣り手なのだ。そして、それ以上にビジネスマンとして有能だ。
「だから、どうしてリリースされないのかって理由を訊いてんだろがッ」
柊露は逆立った金髪頭を掻き毟る。
殴る理由を探しているが、見当たらないことに苛立ちを隠せない。
「納得できないです、ちゃんと説明してくれないと」
柊露の右隣に座る村崎紫苑がおっとりとした口調で問い詰める。柊露とは対照的に感情の起伏は顔に表れない。
長い黒髪を、今は後ろで一本に束ねてポニーテールにしていた。
彼ら二人はパンクバンドのメンバーだ。
柊露がボーカルで、紫苑がギターを担当している。
バンド名はNook。隅という意味だ。
他のメンバー──ドラムスの織部真朱とベースの鴇羽桔梗は後ろの方で床に胡座をかいて座っている。
普段からこの手の会話にはあまり参加してこない。
音楽以外のことには興味がないのだ。
元々このバンドは織部と鴇羽が作ったバンドだった。そこに柊露が加入し、最後に紫苑が入り、現在の体制となった。
真朱も桔梗も、演奏家としての腕は一流であるが、詞も曲も書かない。そのため柊露と紫苑が全ての曲を作ることになり、バンドの音楽性は必然的に二人が主体となって決まっていった。
主導権も柊露と紫苑が握るようになっていったのは自然な流れだった。
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