1985 / Chapter 1 : Rock'n'Roll Suicide

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「新曲作れって言ったのはそっちだろうが──シングル出すからって」  ますます逆立つ柊露の金髪が、天を()く。 「確かに曲を作るように指示はした。しかしな、契約書にも書いてあるように、どの曲をリリースするのかは会社に最終的な決定権がある。そして、会社の方針は俺が決めてるわけじゃない。悪いが、それ以上詳しい説明は出来ない。リリースを見合わせることになった経緯については、俺は何も聞かされていないんでね。悪いことは言わない、シングルを出したければ、他の曲を書いて持ってくることだ」  あくまでもビジネスライクに徹する苅安の態度に、柊露はテーブルに自らの拳を叩き付ける。 「デモの段階では反対されませんでした。どうして今になって?」  紫苑が問う。 「完成音源のアレンジが駄目だったんじゃないのか? デモの出来は良くても、いざ本番のレコーディングをしてみたらいまいちだった──良くあることだ。シングルで出しても売れないと判断されたんだろう。珍しいことじゃない」  柊露が二度三度とテーブルを叩く。  自分達の音源を(くさ)されたのが悔しかったのだろう。 「そんな簡単に言わないでください。今度の曲は僕も柊露も自信があったんですよ。時間を頂ければ、編曲し直して再レコーディングすることだって出来ます」  紫苑も柊露も、詞と曲は同時に作るスタイルだ。  このバンドの楽曲は各々が単独で作っている。聴いてきた音楽の趣味は似ているし、目指す方向も近しいが、未だに共作はしたことがない。共作したくないわけではなく、作り方がわからないのだ。それに、別々に作ることで、お互いの楽曲を客観的に聴いて評価を下せる利点もある。  今回は柊露の作だった。  紫苑が聴いてもヒットしそうなクオリティだった。柊露も自信を見せていた。今までのスタイルを踏襲しているが、キャッチーなメロディがいい意味で大衆性を獲得している。一皮剥けた印象。  ()()くはロックアンセムとして後世に残りうるポテンシャルを持っている──二人ともそう判断していたからこそ、そう易々と引き下がるわけには行かない。 「ダメだ。再レコーディングにかける金は出せない」 「もう一曲作ってくるから、どっちも出せばいいじゃねえか」  柊露が妥協案をひねり出した。 「簡単に言うな。うちみたいな弱小インディーレーベルにはそんな余裕はないんだよ。シングル一枚出すのに、どれだけコストかかってると思うんだ」 「何かと言うと金の話ばかりだな」 「金の話は嫌か? お前はギャラも給料も印税も要らないのか?」  痛いところを突かれて、柊露は舌を鳴らした。  Nookはインディーズシーンでは成功している部類なのだろう。それでも一般的な知名度となれば無いに等しい。所詮はパンクバンド、それもインディーズの。 「まあ、せっかく金と時間をかけてレコーディングしたんだし、アルバムには入れられるかもしれないだろ? 完全にお蔵入りが決まったわけでもない。そう気を落とすな」 「社長に直訴(じきそ)します」  紫苑は冷静に告げて、立ち上がる。 「無駄だとは思うが──まあ、好きにしろ」  柊露と紫苑は部屋を出ようと戸口へと向かう。  真朱と桔梗も、のっそりと立ち上がりゆっくりと続いた。 「おい、今日はテレビがあるからな。お茶の間に売り込むチャンスだ。遅れるんじゃないぞ」  背後から苅安の声が聞こえた。  今日は夜に、生放送の歌番組に出演する予定になっている。
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