1985 / Chapter 1 : Rock'n'Roll Suicide

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「あいつ、俺達を茶の間に売り込んでどうする気なんだ? クソッ──本当に(しゃく)(さわ)る野郎だな」  柊露は部屋から出るなり、ドアも閉まりきらないうちに大声で吠えた。聞かれても構わないと考えているのか、あえて聞かせているのか。他のメンバーが誰も(とが)めないのは、同じ見解だからなのだろう。 「どうする? このまま社長のとこに直訴しに行くか?」 「いや、今日はここには居ないよ」  紫苑が即答した。  古びたビルの6階。  フリークスは、このフロアを借り切って使っている。エレベーターを降りると、右手に延びる通路。その通路の右側に部屋が並んでおり、左側は窓になっている。窓といってもすぐそばまで隣のビルが迫っており、景色が見えないどころか、陽の光さえ殆ど入ってこない。部屋は、エレベーターから奥に向けて、事務所、会議室、応接室、社長室の順番の並びである。  会議室を出てきた彼らからは、社長室は二部屋隣だった。 「そうなのか?」 「さっき話したいことがあったから探したんだけど、どこにも居なかった」 「用がある時にはいっつもいねえな、うちの社長は」  通路をエレベーターの方へと連れ立って歩く。ボタンを押すと、この階に止まっていたエレベーターがすぐに開いた。 「もう、こんな時間か。テレビ局行く前に、飯食っちまおうぜ」  エレベーターで降りながら柊露が提案した。  時刻は13時を少し過ぎたところ。今から行けば行きつけの定食屋のランチタイムに間に合う。 「柊露、ご飯もいいんだけどさ──」 「どうかしたか? 腹減ってねえのか?」 「いや、腹は減ってるんだけど──それよりも、リリースを止められた理由が気になるんだ。マネージャーは売れないと判断されたんだろうって言ってたけどさ──今までで一番売れそうな曲じゃん。リリースしないのには他に理由が有るんじゃないかな?」 「他の理由?」 「たとえば──」  そこまで言いかけたところで、エレベーターが1階に到着し扉が開く。  ビルから出ると、そこは夏だった。  アスファルトの焼けた匂い、蝉の鳴き声、蜃気楼がゆらゆらと世界を(ゆが)める。  柊露と紫苑はTシャツとジーンズだが、真朱と桔梗は革ジャンと革のパンツ。全身を革で包んでいる。本人たちは平然としているが、見るからに暑そうだ。 「それじゃ──俺達は二人で飯食いに行くから、ここで」  真朱が無表情のまま、ボソリと言った。 「あ? ああ──たまには、一緒に行かねぇ?」 「いや──ちょっと先約があるから」  桔梗も同じようなトーンで告げる。 「そうか、じゃあ仕方ないか。そんじゃあ、俺は紫苑と食いに行くとするか」  残念な素振りを見せながら、柊露は心の内では安堵していた。  柊露には、最近、真朱と桔梗の考えていることが解らない。演奏中は気にならないが、私生活で一緒にいるとどうにも居心地が悪い。 「今夜は、テレビ局に集合でいいか?」  真朱が訊いてきた。 「ああ、17時には入ってろよ。リハがあるから遅れるな」 「お前らこそ、遅れるなよな」  桔梗が片方の口角だけを上げた。  口が大きくひん曲がる。  癪に障る表情を残して、二人は去っていった。
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