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あるはずのない詩 / 第二章 悪いひとたち
「歌いたかったら歌ってもいいよ」
カラオケボックスの個室に入ると、伊師崎はリモコンで素早く曲を選んで演奏を開始した。
ブルーハーツの『情熱の薔薇』が流れ出し、純人は画面に現れる歌詞をぼんやりと眺める。
『見てきた物や聞いた事
いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな気持ちわかるでしょう』
こんな歌詞だったのか──純人は記憶を辿ろうと試みるが、辛うじてサビの部分だけが思い出されただけだった。知っている曲だが、歌詞をしっかりと意識して聴いたことはなかったのだ。
リモコンを渡されて適当に曲を入れてくれと言われたので、自分の好きな曲を5曲ほど選んだ。その間に店員がオーダーを取りに来たのでコーラを二つ注文する。
二人はテーブルを挟んで対面で座った。
「さてと、さっきのカフェでは話せなかったことを話そうか」
伊師崎はおしぼりで手を拭きながら口を開いた。カラオケの演奏が続いているので、声量は普段より大きめだ。
「それより、ここに来た理由を教えてくださいよ。それに歌わないのに何で曲を流すんです? 話をするなら静かな方が良くないですか?」
「まず、君が滅多に行かない場所であること」
「え? まあ、カラオケには行かないですけど」
「次に、大きな音が流せること。この二つが場所選びの条件だ」
「その条件ならカラオケボックスが相応しいのは解りますけど、どうして僕が行かないことと大きな音を流せることが必要なんです?」
「今から話す内容は、人に聞かれるとちょっと不味いからだ」
「聞かれると不味い? いったい、何の話をするつもりなんですか? それに、こんな個室で誰に聞かれるんです? まさか、どこかに盗聴器が仕掛けられているとか言うんじゃないでしょうね」
喋っている途中で、荒唐無稽な内容に感じられて純人は吹き出しそうになる。
しかし、伊師崎は笑わない。
「珍しく勘がいいね」
そう言って、伊師崎は無表情のままコーラを飲んだ。
「ちょっと──脅かさないでくださいよ。ふざけてるんですよね? 何かの冗談ですよね?」
純人は不安になる。
何故こんな所に来た?
小説の話ではないのか?
人に聞かれると不味い話?
盗聴器が仕掛けられる状況?
「こっちは至って真面目だ。ふざけてはいない」
「冗談──じゃないんですか? え、でも、小説の話ですよね? 僕の書いた小説がボツになった理由を考えるだけですよね?」
「能天気だね、君は。ここまで言っても気付かないとは、羨ましい限りだよ」
「持って回った言い方してないで、ハッキリ言ってくださいよ! 何が起きているのか教えてください!」
「君は無意識に書いたのだろうが、あの小説は──かなりヤバイ」
伊師崎は、キッパリと言い切った。
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