あるはずのない詩 / 第二章 悪いひとたち 

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「奴らは表向きは真っ当な組織を(よそお)っているが、裏の顔は反吐(へど)が出るほどの悪党どもだ。奴らの目的は(かね)だから、金の流れを観察すれば正体は突き止められる。紛争や暴動が起きる(たび)に誰が得をしているのかを──」 「ちょちょちょ、ちょっと──ちょっと待ってください。話の展開が激しすぎて頭が追い付かない。悪の組織って何です? 何かの比喩ですか?」 「違う違う、そのままの意味だ。闇社会の悪の組織に支配されているんだよ、この世界は」 「それは僕の小説の設定で──」 「いや、小説ではなく事実だ。だから問題なんだ」 「でも、そんなこと──有り得ないですよ」 「どうして?」 「荒唐無稽(こうとうむけい)です」 「なるほど。そう考えるのも、無理はない。どうして君が荒唐無稽だと考えるのか教えてあげるよ。君は、洗脳されているんだ。目の前に見えている世界が(まが)い物であっても気付かないし、疑問にすら感じないように飼い慣らされている。映画やテレビドラマで描かれる、陰謀が張り巡らされているような世界は作り物で、現実(リアル)では有り得ないと思い込んでいる──いや、思い込まされている、かな? しかし、実際の世界は作り物(フィクション)なんかより、遥かに作り込まれた緻密な陰謀が渦巻いているんだ」  伊師崎はすらすらと(よど)みなく言った。  映画の台詞(セリフ)のようだ。 「にわかには信じられませんけどね、そんな話は。あ、そうだ。その、陰謀とやらの証拠はどこにあるんですか?」  純人は、証拠の提示を求めるように、両の(てのひら)を伊師崎に向けて開いた。 「そんなもの、あるわけ無いだろ」  伊師崎は鼻で笑う。 「え?」 「いいかい? 陰謀は細心の注意を払われ、綿密な計画の基に遂行されるんだ。相手はプロだよ。証拠を残すような、そんなヘマをすると思うかい? 万が一ミスがあっても、安全装置(フェイルセーフ)の働きで証拠隠滅が図られる。残るのは状況証拠だけだ」  伊師崎は純人に付け入る隙を与えない。 「それを信用するとして、誰が──僕は誰に洗脳されているというんですか?」  純人は不服そうな表情。 「簡単なことだ。悪の組織に決まっている。洗脳されているのは君だけじゃない。彼らはネットワークを構築し、世界中で人々を洗脳してきたんだ。マスメディアや教育機関は堂々と嘘を垂れ流してきた。高等教育を受けるのは、より強い洗脳を受けることと同義だ。真面目に勉強すればするほど、真実から遠ざかる。そして、勉強嫌いの子にはテレビやラジオが洗脳装置として大いに活躍してきたが──今では、SNSが重宝されているようだね。現代人は日々刻々と頭の中に外部情報が刷り込まれ、自ら進んで洗脳されにいっている」 「だったら僕は洗脳なんかされてないんじゃないですか? SNSも使ってないし、新聞もテレビも見てないですからね。自慢じゃないですけど、学校でも先生の話なんか聞いていなかったから成績は悪かった」 「君のようなはみ出し者(アウトロー)には最適な洗脳方法が用意されている。それが──ロックンロールだ」 「へ?」  わずか数分の内に、純人は素っ頓狂な声の記録を更新した。
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