あるはずのない詩 / 第二章 悪いひとたち 

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「何をそんなに驚くことがあるのかな? ロックンロールの代名詞とも言える力強い反復ビートと激しいノイズがあれば、容易(たやす)く陶酔状態を作り出せるじゃないか。無防備になった脳ミソに直截(ちょくせつ)的にメッセージを伝えられれば、否が応でも(しっか)りと刻み込まれてしまう。しかもライブに行けば会場は薄暗い箱の中。聴衆(オーディエンス)を洗脳するのにもってこいだ。これはもう、怪しい宗教団体が信者を獲得するために使う()り口だね──」  伊師崎は平然と続ける。 「──そもそもがロックンロールと宗教は非常に似ている。楽曲という教典があり、ライブという礼拝(れいはい)があり、物販という名目の御布施(おふせ)がある。フェスなんか聖地巡礼そのものじゃないか。こうして見れば、ロックバンドと宗教団体とは構造的には、実にそっくりだ。熱烈なファンのことを信者と呼ぶしね。ああ──話の流れに相応(ふさわ)しい曲が流れて来たじゃないか」  曲が変わり、ストーン・ローゼズの『アイ・アム・ザ・レザレクション』のイントロが聞こえてきた。  この曲の歌詞が宗教的だと指摘されているのは純人も知っていた。  聖書からの引用だと解釈される歌詞が含まれていたり、タイトルからして『私は復活した人間だ』なのだから、普通に考えればキリストを彷彿(ほうふつ)させる。 「言わんとする事は分からなくもないですけど、宗教と似ていると言われても僕はピンと来ないですよ。こじつけが過ぎるんじゃないですか? それに、ロックバンドが宗教になったところでメリットなんか何もないですよね?」 「どんな宗教でも『(まつ)られる対象』とは自ら進んでなるものではないし、望んだからといってなれるものでもない。世界の惨状を正確に認識し、どれだけ正しいことを訴えかけていても、後ろ楯となる信者がいなければただの変人さ。宗教的指導者の肩書きがあったところで、そんなものは名ばかりで、預言者も救世主(メシア)も周りが作り上げるものなんだよ。教祖に群がる信者共が作り上げるんだ。カリスマ性のあるターゲットを見つけては、アイコン化し神格化し祭り上げてしまう。そういう構造になっている。だから度々宗教は暴走してしまう。テロも起きるし、戦争だって引き起こす」 「つまり──バンドは宗教っぽい活動を意図的にしていなくても、ファンが宗教を作り出してしまうということですか?」 「そういうことだ」  伊師崎は小さくうなずくと、そのまま黙ってしまった。  純人は何の話だったか、分からなくなる。 「ちょっと待ってください。えっと、何の話でしたっけ? ああ、そうだ。ロックンロールが洗脳の手段になっているって話でしたよね。ロックンロールがファンを洗脳するのに便利だと言うところまでは解りましたよ。それで、その──悪の組織は僕らをロックンロールで洗脳して、何を企んでいるんですか?」 「君はロックンロールにどんなイメージを持っている?」 「え? イメージですか? ロックと言えば反体制──ですか? あとは、負のイメージとしてですが──ドラッグかな?」 「まさに、それだよ。何故、ロックンロールは反体制であり続けなくてはならないのか? 何故、ドラッグを切り離せないのか? 若者を反体制へと導き、彼らの仲間内にドラッグを蔓延させる──それこそが、洗脳の目的だからだ」  純人は息を飲む。彼の中の常識は否定しているが、直感は伊師崎の言葉が正しいことだと訴えかけていた。 「な──何で、目的は何ですか? そいつらはそこまでして、何を企んでいるんですか?」 「決まってるじゃないか──だよ」  伊師崎は顔色一つ変えずに言った。
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