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1985 / Chapter 2 : Killing Moon
「お二人がメインで曲を作っているとお聞きしましたが?」
強い照明の下、司会の新里慎二郎が紫苑の顔にマイクを近付ける。
端正なルックスと柔らかい物腰で人気の司会者だが、本業は役者で音楽のことに詳しくはないだろう。
嫌悪感は覚えなかったが、柊露は冷めた眼差しで新里を見る。
紫苑と柊露が前列、後列には真朱と桔梗が控えていた。
テレビスタジオの中、生放送である。周囲ではアイドルや歌手が自分の出番まで笑顔を絶やさずに待機している。
「ええ、まあ。でもドラムスの真朱と、ベースの桔梗にもアレンジは手伝ってもらいます。曲のイメージだけは伝えますけど、それぞれのパートのアレンジは、各自でやってもらってますからね」
「詞はどちらが書いていらっしゃるんですか?」
アシスタントの李々香が無邪気な顔で柊露にマイクを向ける。八頭身の体型とボーイッシュな短髪が売りのモデルだ。
打ち合わせにはなかった展開に、柊露は思わず顔を後ろに引く。
柊露にマイクを向けたのは李々香のアドリブだった。
「『銃声』は僕が詞も曲も作ってます──」
事態を察した紫苑が引き取って答えた。
「──Nookは各々が詞と曲をセットで作るスタイルなんで。共作はまだしたことないし──これからもしないんじゃないかな?」
「ヘェー、そうなんだぁ。詞と曲はどっちが先なの?」
新里は慌てることもなく、リハーサル通りの質疑応答に戻した。
「場合によります。伝えたいメッセージがあれば詞が先になるけど、浮かんだメロディに後から言葉をのせることの方が多いかな?」
穏やかな顔で答える紫苑。
柊露は口を開かない。
新里も心得ているのだろう。
柊露を刺激しないようにしているようだ。
柊露が喋らないのは、それが売りだから問題ではない。不機嫌なわけではなかったし、台本通りにリハーサルもそれで通した。
むしろ柊露の機嫌は、いつもより良さそうだった。
「今日披露してくれるのはインディーズとしては異例の大ヒットを記録した『銃声』です。そろそろ新曲も出るのかな?」
新里が紫苑にマイクを差し向けた。
台本では、『銃声』が売れ続けているから新曲はもう少し先になるだろう、そう答える手筈になっていたが──。
柊露の手が李々香のマイクに伸び、鷲掴みにしてグイと引き寄せた。
「曲は作ってますよ。発売は──まだ決まってないけど」
ぶっきらぼうに言ってニヤリと笑う。
柊露に手を握られて、李々香の頬が紅潮する。
紫苑は、それを目敏く捕らえた。
「ヒットさせる自信のほどは?」
新里は焦らない。役者だからか、アドリブへの対応力も高い。
「さあ、どうだろうな。いつも自分じゃ自信はあるんだけど、売れたり売れなかったり。こればっかりはファンのみんなが気に入ってくれるかどうかにかかってるからね」
機嫌が良いのではない、柊露は興奮している──紫苑は気付いた。
「それはそれは、ファンの皆さんも楽しみが出来ましたね。私も期待してますよ。はい、ではそろそろスタンバイしていただきましょうか?」
新里は紫苑の背中をそっと押して、画面の外に出した。
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