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1985 / Last Chapter : Who Killed Mr.Moonlight?
「柊露は事故で死んだんじゃない。殺されたんだ。誰に? 勿論──ロックンロールにだ」
村崎紫苑はそれだけ言うと口を噤み、目の前にいる山吹潤を軽く睨み付けた。
山吹は眼鏡を押し上げ、無言で肩を竦めてみせる。
わざとらしい仕草だ。
世界中にチェーン展開しているファストフード店の、窓際の席。
テーブルの上には氷が溶けて薄くなりつつあるコーラが二つ。
夕飯時だったが、この店が売りにしているフードメニューは注文していない。
座って話ができる場所が欲しかっただけで空腹ではなかったし、二人ともファストフードが大嫌いだった。
ガラスの向こうには十字路。スクランブル交差点だった。
大小様々な街頭ヴィジョンが広告を流している。
信号待ちの通行人の群れが、歩道の上で犇めき合っているが、どれほどの人間がこの広告を認識しているだろう。
紫苑は忙しなく切り替わる広告を眺めながら、自分と山吹とが相対しているこの状況は、傍からはどう見えるのだろうかと考えた。デート、仕事、世間話、宗教の勧誘、恋のいざこざ──?
まさか、人が殺された話をしているなどとは思いもよらないだろう。
信号が青に変わり群衆が動き始めた。
「わざわざ人を呼び出しておいて、随分と大仰な物言いだな。それにしても──ロックンロールに殺されたってのは、一体どういう比喩だ?」
山吹はゆっくりと問いかけ、口許に人工的な笑みを微かに作った。眼鏡の奥の目許は笑っていない。
「比喩じゃない。そのままの意味だよ。事故に偽装されて殺されたんだ。組織にね」
「組織? 組織って何だ? 何の組織だ? まぁ、何だっていいが。そもそも、その──組織に殺されたって言うんなら、さっきのロックンロール云々の件は何だったんだ?」
「ロックンロールとは何なのか? 僕達はもっと真剣に考えるべきだったね」
「おいおい、気を確り持ってくれよ、紫苑。相棒を失った現実を認めたくない気持ちは解らなくもないが、人一人を殺すために、あんな大事故を起こすなんて、有り得ないだろ。そんなことが可能だと本気で思っているのか?」
山吹は目を細めて紫苑を見た。心配しているというメッセージのつもりなのだろう。
「不可能なことが出来たってことは、つまり──それだけ、組織が強大な力を持ってるってことの証拠だね。違う?」
紫苑は覗き込むようにして、山吹の顔を見た。表情に変化は無かったが右の眉だけがピクリと動いたことを、紫苑は見逃さなかった。
山吹はテーブルの上のグラスを手に取り、少しだけコーラを口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。グラスを戻す時に、心持ち浅く座り直す。片時も紫苑の顔から視線を外さない。そうして、確りと紫苑との間合いを計る。
「柊露は、ロックンロールに取り憑かれていたんだ。存在そのものがロックンロールと同化していた。だからこそロックンロールが幻影だったことを悟って大きなショックを受けた。彼自身の存在理由が揺らいだんだから無理もない」
「幻影──?」
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