1985 / Chapter 2 : Killing Moon

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「えーと、予定と違う曲を()っちゃったの? そうなんだ、俺が間違えた訳じゃないのね? CM明けに説明? 手違いで別の曲のテロップを流しちゃったことにする? それともバンドが我慢できなくて新曲披露しちゃったってことにする? その方がしっくりくるか。オッケーです──」  新里の元にフロアディレクターが駆け寄ってきて手早く打ち合わせを始めた。 「──え? バンドは引っ込める? どうして? 違う曲を演奏したくらい問題ないでしょ。ロックバンドなんだから少々ヤンチャなくらいでも──え? ダメ? どうしても? 機材も壊してないし、放送禁止用語も使ってなかったよね?」  新里は柊露たちを(かば)うことにしたようだ。  生放送中に故意に起こされたトラブルは、やらかした演者にとってはダメージになることがあっても、番組にとってマイナスに働くことはあまりない。  しばらくは話題になるし、むしろ番組やスタッフには同情が集まりやすい。 「とんだ災難だったね」ということだ。  番組側がのではなく、出演者が演出を無視して勝手にしでかしたことを説明できればスポンサーにもがつく。  自分は悪くなくても司会者が「大変失礼いたしました」と頭を下げれば丸く収まるのだ。  逆にトラブルを起こした人間を責め立てたところで効果はない。  問題を起こした者に責任を取らせようなどとしても、反感を買って有ること無いこと吹聴(ふいちょう)される恐れもある。  話題になるからとそそのかされて、わざとハプニングを起こしましたなどと喋られたら、ゴシップ雑誌が我先にと飛び付くだろう。  番組の存続さえも危うくなる。  実際に、演出と称してそうしたが行われることも多々あるから、「今回は違います」と潔白を証明することは難しい。  この業界の人間は皆(すね)に傷を持っているのだ。  新里が柊露たちを庇えば、バンドは機嫌を損ねることもないし、CM明けに彼が頭を下げれば、世間の同情も引ける。後日、始末書を書いて経緯を説明すれば、スポンサーにもけじめをつけられる。  まずは柊露たちを懐柔(かいじゅう)することが重要だ──新里は瞬時にそこまで考えた。この機転こそが新里が司会者として重宝される理由なのだろう。  紫苑たちは回りのことを気にすることもなく、黙々と自分達の機材を片付ける。  柊露は、自分のそばを離れようとしない李々香の背中を押して、新里達がいる方へと戻そうとしているが、なかなか上手く行かないようだ。  新里とフロアディレクターが彼らの方へと近付いてくる。スタジオ内に緊張感が(みなぎ)る。  紫苑は身構える。  柊露が殴りかかろうとしたら全力で止めるためだ。 「ええっと───君たち、もう楽屋に戻って。どうやら上の人が怒ってるみたいでさ。ごめんね」  新里もフロアディレクターも笑顔だ。怒っている素振りはない。  片付けを終えた真朱と桔梗は、特に文句も言わずに楽屋へと向かう。むしろ早く終わって帰れることに喜んでいる。  紫苑は柊露を見る。  柊露は笑っていた。  CM明けの時間が迫る。  李々香は新里によって柊露から引き剥がされていった。
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