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『おい、お前ら何てことをしでかしてくれたんだ』
楽屋に戻って休んでいると、マネージャーの苅安から電話がかかってきた。近くに置かれたテレビの画面には、新里がお詫びをしているところが、ちょうど映し出されている。
「なんのこと?」
紫苑が惚けて答える。
『ちゃんと見せてもらったぞ。違う曲を演っただろ。何を考えてるんだ? せっかくのテレビなのに』
柊露が紫苑の手から受話器を取り上げる。
「面白かっただろ? 明日から学校や職場で話題になるぜ。きっと何年も語り続けられて、俺達は伝説になる。インディーズシーンも盛り上がるんじゃないか?」
言いたいことだけ言うと柊露は受話器を紫苑に突き返した。
「今、どこです?」
『事務所だよ。もう帰り仕度も終わっていたのに。これじゃ、帰れないじゃないか。まったく──何て日だ。お前らはこれからどこに行く? 用事がないなら事務所に来い。明日からの各方面への対応方法を協議するぞ』
「何の問題があるんです? 未発表の曲を演奏しただけですよ」
『あの曲は発売しないと言っただろう。今回のテレビ出演は、前のシングルを売るために俺が色んな伝手を頼って実現させたんだぞ。出演に合わせて大量増産して、全国のレコードショップの店頭に並べて貰っているんだ。計画が台無しだ。売れなかった分は全て返品される契約なんだぞ。どれだけ損失が出ると思っているんだ。会社が傾くぞ』
「僕たちはこれからスタジオに行きます。柊露が新しい曲を書いたらしいので──」
『曲を作ったって、会社が無くなったら発表なんか出来ない──ちょっと待て──』
苅安の言葉が途切れた。
『──なんだ、お前ら? ここは部外者の立ち入りは禁止だそ』
音声が遠くなる。受話器を顔から離したようだ。
「どうしたんですか? 苅安さん、聞こえてますか?」
紫苑は受話器越しに問い掛ける。
「ん? どうした?」
異変を感じて柊露が寄ってきた。
「なんか、揉めてるみたいな声がする」
「ちょっと替わってくれ」
柊露は紫苑から受話器を受け取り耳に押し当てる。
『止めろ、おい、何のつもりだ──』
パン──渇いた音。
ガツンと激しく打ち付けたような音が続く。
受話器がどこかにぶつかったのだろう。
そして、通話が途切れた。呼び掛けても応答はない。
「どうかしたのか?」
ソファに寝転んでいた真朱が上体を起こして訊いてきた。
「切れた」
「え? 苅安さんが切ったの?」
紫苑が驚いたような声を出す。
「ああ。それと、切れる直前に銃声みたいな音が聞こえた」
「銃声──?」
桔梗も訊いてくる。
「──みたいな音だ。銃声かどうかは判らん」
何が起きたのか、柊露にも分からなかった。電話の向こうから聞こえたのは、苅安の声と一発の銃声──。
いや、銃声らしき音だ。
電話を通せば音は違ってしまうだろう。しかも柊露は、テレビや映画の中でしかそれを聞いたことがないし、それは効果音として作られた音なのだから、本当の銃声など知らないのだ。
マネージャーの苅安に一体何があったのか、四人は狭い楽屋の中で無言のまま顔を付き合わせていた。
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