1985 / Chapter 2 : Killing Moon

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『おい、お前ら何てことをしでかしてくれたんだ』  楽屋に戻って休んでいると、マネージャーの苅安から電話がかかってきた。近くに置かれたテレビの画面には、新里がお詫びをしているところが、ちょうど映し出されている。 「なんのこと?」  紫苑が(とぼ)けて答える。 『ちゃんと見せてもらったぞ。違う曲を()っただろ。何を考えてるんだ? せっかくのテレビなのに』  柊露が紫苑の手から受話器を取り上げる。 「面白かっただろ? 明日から学校や職場で話題になるぜ。きっと何年も語り続けられて、俺達は伝説になる。インディーズシーンも盛り上がるんじゃないか?」  言いたいことだけ言うと柊露は受話器を紫苑に突き返した。 「今、どこです?」 『事務所だよ。もう帰り仕度も終わっていたのに。これじゃ、帰れないじゃないか。まったく──何て日だ。お前らはこれからどこに行く? 用事がないなら事務所に来い。明日からの各方面への対応方法を協議するぞ』 「何の問題があるんです? 未発表の曲を演奏しただけですよ」 『あの曲は発売しないと言っただろう。今回のテレビ出演は、前のシングルを売るために俺が色んな伝手(つて)を頼って実現させたんだぞ。出演に合わせて大量増産して、全国のレコードショップの店頭に並べて貰っているんだ。計画が台無しだ。売れなかった分は全て返品される契約なんだぞ。どれだけ損失が出ると思っているんだ。会社が傾くぞ』 「僕たちはこれからスタジオに行きます。柊露が新しい曲を書いたらしいので──」 『曲を作ったって、会社が無くなったら発表なんか出来ない──ちょっと待て──』  苅安の言葉が途切れた。 『──なんだ、お前ら? ここは部外者の立ち入りは禁止だそ』  音声が遠くなる。受話器を顔から離したようだ。 「どうしたんですか? 苅安さん、聞こえてますか?」  紫苑は受話器越しに問い掛ける。 「ん? どうした?」  異変を感じて柊露が寄ってきた。 「なんか、揉めてるみたいな声がする」 「ちょっと替わってくれ」  柊露は紫苑から受話器を受け取り耳に押し当てる。 『()めろ、おい、何のつもりだ──』  パン──渇いた音。  ガツンと激しく打ち付けたような音が続く。  受話器がどこかにぶつかったのだろう。  そして、通話が途切れた。呼び掛けても応答はない。 「どうかしたのか?」  ソファに寝転んでいた真朱が上体を起こして訊いてきた。 「切れた」 「え? 苅安さんが切ったの?」  紫苑が驚いたような声を出す。 「ああ。それと、切れる直前に銃声みたいな音が聞こえた」 「銃声──?」  桔梗も訊いてくる。 「──みたいな音だ。銃声かどうかは判らん」   何が起きたのか、柊露にも分からなかった。電話の向こうから聞こえたのは、苅安の声と一発の銃声──。  いや、銃声らしき音だ。  電話を通せば音は違ってしまうだろう。しかも柊露は、テレビや映画の中でしかそれを聞いたことがないし、それは効果音として作られた音なのだから、本当の銃声など知らないのだ。  マネージャーの苅安に一体何があったのか、四人は狭い楽屋の中で無言のまま顔を付き合わせていた。
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