あるはずのない詩 / 第三章 悲しみの果て

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あるはずのない詩 / 第三章 悲しみの果て

「世界征服って──そんなことして、どうするんですか? 最近じゃ特撮ヒーロー物の悪役だってそんなこと画策しませんよ。やっぱり僕をからかってるんですよね? どうせ全部冗談なんでしょ?」  純人は半笑いの表情で言った。 「まぁ、信じられないだろうね」  伊師崎は鼻で笑う。 「そりゃあ、そうですよ。だって、悪の組織がロックンロールで僕たちを洗脳して、世界征服を企んでいる──なんて聞かされても、リアリティは微塵(みじん)も感じられませんからね。それが事実なんだとしたら、僕の書いた小説はルポルタージュに分類される事態になりかねない。そもそも、その組織はどこにあって、親玉(ボス)は誰なんですか? 世界を征服して、どうするんです? 何かいいこと、あります?」  純人は早口で(まく)し立てる。 「質問は一つずつにしてくれないかな」  伊師崎は右の眉尻を上げて、苦笑した。 「じゃあ、まずは世界征服の目的を教えて下さいよ。そいつらは世界を牛耳(ぎゅうじ)って何をするつもりなんです?」  純人はテーブルの上にずいと身を乗り出す。 「目的はね、さっきも言ったように──(かね)だよ。奴らの目的は世界中の富を自分達の元に集めることだからね」  伊師崎は右手の人差し指を一本だけ立てて、顔の横でくるくると回した。その仕草にどんな意味があるのか、純人には解らない。 「お金──ですか? 確かにさっきも聞きましたけど──お金のために世界征服? 何だろう──何か納得できないんですよね。もっとこう高尚というか、複雑な思想的な理由とか無いんですか? こう言っては何ですけど、本当に、お金のためだけに世界征服を企むんですか? そんな単純な話なんですか?」  純人は首を(かし)げ、不服そうに腕を組んだ。 「そうだよ。」 「それも、さっき聞きました。でも、それだと矛盾が生じませんか? 世界征服のが金だとしたら、世界征服を達成した時点で金は不要になりませんか? だって、世界を手中に納めたんだったら、金なんて使わなくても意のままに何でも出来ますよね?」  純人は人差し指で伊師崎の鼻先を指差した。 「いい質問だね──」  伊師崎は純人の人差し指を握ると、力一杯(ひね)り上げた。(たま)らず純人は声を上げる。 「──では、こちらからも一つ質問しよう。正当な理由もなく他人に支配されたら、君ならどうする?」 「え? 支配されたら? まあ、納得できなくて、たぶん抵抗しますよね。ああ──」  純人は人差し指を(さす)りながら何かに気が付いたように顔を上げた。 「──そういうことか」  純人は椅子の背もたれに背中を預けた。 「そう、どんなに力で押さえ込んでも支配者達は(いず)れは倒される。それは歴史的に見ても明白だ。だから奴らはを使って手下を集め、権力の中枢に入り込み、種々の怪しい団体をこしらえて、様々な方法で人々を洗脳し、市井(しせい)に集金システムを張り巡らせる。奴らの資産は減ることはなく、常に増え続ける。まさに現代の錬金術じゃないか」  伊師崎は純人の鼻先に人差し指を突き付けた。
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