あるはずのない詩 / 第三章 悲しみの果て

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「そ──そんな。あ、ありえ──」  口の中に綿を詰められたように、上手く言葉が出てこない。 「有り得ないかい?」 「だ、だって──いや、え? この世界が支配されてる? それって、世界征服が既に完了しているってことですか?」  純人は頭の芯が(しび)れるような感覚を覚えた。 「残念ながら、そういうことだ」 「さっきから喋っていたのは仮定の話じゃなかったんですか? で、でも、どうやって──誰にも気付かれずにそんなことを? ひょっとして、みんな知ってるんですか? 僕だけが気付いてないだけですか?」  気管に弁でも取り付けられたように、吸気だけが一方通行している。過呼吸の一歩手前だ。 「ほとんどの人は気付いてないよ、君と同じ様に洗脳されているからね」 「そうなんですか? それは──少し安心しました」  純人は(ようや)く大きく息を吐いた。 「安心しては駄目だよ、由々しき問題なんだから。奴らはね、皆が汗水垂らして懸命に生きているのを横目で見ながら、涼しい顔で利益を掠め盗っていくんだ。だけどね、我々にも責任の一端はある。洗脳されているからとはいえ、汚い手を使う金持ち達がと暮らしていることに疑問も抱かず、せっせと自分達の稼いだ富を差し出すことに甘んじているんだからね」  珍しく伊師崎が激昂(げきこう)した。気色(きしょく)の微かな変化に純人は気付く。 「他人のことは言えませんけど、どうしてみんな洗脳されて、真実が見えなくなるような事態になったんですか?」 「素直だからだよ。疑うことをしないんだ。疑うのは労力を要する。信じることの方が楽だからね。君だって今、私の言葉を信じている。証拠は何一つ無いと宣言しているのにだ」 「でも、僕と伊師崎さんの間には、お互いに信頼関係があるから──ありますよね?」 「それと一緒だよ。学校の先生が間違うはずがない、新聞やテレビニュースは嘘を伝えるはずがない、憧れのロックスターが自分をそそのかそうとしているはずがない。みんな、そうやって日常生活を送ってきたんだ。学校教育では嘘の歴史を叩き込まれ、社会構造について間違った認識を植え付けられる。マスコミは堂々と嘘を垂れ流すし、正しい情報はフェイクニュースだと喧伝(けんでん)する。ロックスターは中指を立て、体制にファックと叫ぶ。騙された気分はどうだい? 世界は、見る角度を少し変えるだけで別の画像が浮かび上がるのようなもんだ。今まで信じていた物が全部でたらめだったら面白いだろ?」  カラオケは、ストーン・ローゼズの『アイ・アム・ザ・レザレクション』が終わり、ティアーズ・フォー・フィアーズの『ルール・ザ・ワールド』のイントロが流れてきた。  原題は『Everybody Wants To Rule The World』──誰もが世界を支配したがっている。  自分で選曲したものの、先ほどからの奇妙な符合に、純人は薄ら寒いものを感じる。 「誰がこの世界を支配しているんですか?」 「それは重要ではない。個人名も組織名もただのラベリングにすぎない。もっと本質を突き止めなければ」  純人は漸く、伊師崎が全く固有名詞を出していないことに気が付いた。何かしらの報復を恐れているのか? それとも証拠も無しに糾弾は出来ないという彼なりのモラルだろうか。 「気付いている人もいるんですよね? 何とかしようと立ち上がった人はいないんですか?」 「勿論、いるさ。たくさんね」 「誰です? 僕も知ってるくらい有名な人もいますか?」 「一人は、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ。第35代アメリカ合衆国大統領だ」  純人は口を半開きにしたまま固まった。
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