あるはずのない詩 / 第三章 悲しみの果て

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「ケネディ──大統領?」  純人は息を飲む。 「知ってる名前だったかな?」 「バカにしないで下さい。ケネディ大統領くらい知ってますよ」 「名前を聞いてもポカンとしてたから、知らないのかと思ったよ。彼は悪の組織に立ち向かい、そして返り討ちにあってしまった英傑の一人だ」  伊師崎は右手の人差し指をピンと立てた。 「ポカンとなんてしてません、失礼だな。意外な名前が出てきたから驚いただけですよ。もっと最近の人だと思って──え? ちょっと待って下さい。ケネディ大統領が殺されたのって、何年ですか?」 「1963年11月22日だ」  伊師崎は日付けまで即答する。 「それって、もう半世紀以上も前ですよ。おかしくないですか? その頃には、まだ世界は支配されてないですよね?」 「どうして、そう思う?」 「どうして──って、まさか──」 「そういうことだよ。この世界は征服が完了して久しい」  伊師崎は冷徹に告げた。どこか、楽しそうにすら見える。 「そんな──いつなんですか? いったい、いつから世界は征服されているんです?」 「いつから進められていたかは定かではないが、完了したのはハッキリとしている。第二次世界大戦が終結した瞬間だ」 「第二次世界大戦──って、そんな昔なんですか? そんな昔から世界は支配されているんですか?」 「そうだ。そして、世界を理不尽な支配から解放しようとしたケネディは殺された」  伊師崎は小さく(うなず)いた。 「でも、ケネディ暗殺は単独犯じゃないですか。何とかオズワルドって名前で、捕まってますよね? ひょっとして、彼は悪の組織の一員なんですか?」 「リー・ハーヴェイ・オズワルドだね?」 「そうそう、それです。単独犯ですよね?」 「君はそれを信じている?」 「え?」 「アメリカの大統領が、たった一人の素人に殺されたと本当に信じている?」  伊師崎の鋭い眼光が純人を捕らえる。 「いや──色々と疑惑があるのは知ってますよ。映画とかドキュメンタリーとかも観たことあります。単独での犯行は不可能だとか、マフィアが殺った、ソ連のKGBが絡んでいる、CIAが実行したに違いない、いや全ての黒幕は秘密結社だ──疑惑をあげ始めたらきりがないですよ。僕だって、小説のネタ探しで幅広く史料を読んでます。でも、伊師崎さんの言うような世界征服を企む悪の組織なんか聞いたことはないです」  純人は不服を目の前の伊師崎にぶつけた。 「カギはケネディが殺されただ」  伊師崎は純人の口撃など意に介さず自らの意見を述べ始める。 「え? 理由?」 「そう。今さら決定的な証拠が出てくることが期待できない以上、注目すべきは動機だろう。オズワルドが犯人だろうとなかろうと、彼は既に殺されている。死んでいる個人からは何も聞き出せない。オズワルドから辿ろうとするのは無意味だ。ケネディが暗殺されたのだから、理由はケネディ自身にあると考えるのが理屈じゃないかな? 殺されたのが一般人なら、個人的な恨み、金銭トラブル、痴情のもつれ──理由はいくらでも考えられるだろう。しかし、ケネディは大統領だ。しかも世界一の影響力を持つ大国アメリカの大統領だ。政治的な力が働いたと考える方が無理がないんじゃないか? では、ケネディは大統領として何をしてきたのか、そして、何をしようとしていたのか──。これを読んでくれ。ケネディの大統領就任演説の一節だ」  伊師崎はシャツの胸ポケットからスマホを取り出すと、ホーム画面をタップしてから純人に提示した。  そこには次の文章があった。
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