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「そう。僕達は長い間、幻影に魅せられていたんだ。熱狂して、陶酔して、魅了された。そして柊露はロックンロールに魂を売った。魂と引き換えに才能を手に入れた。なのに裏切られた。騙されていたんだ、最初から。そして、そのことに気付いたから始末された」
紫苑は再度、山吹を睨み付ける。
山吹の瞳孔が開いた。
紫苑を丸め込むのが困難であることを悟ったのか。
「なるほど──それで、どうするつもりだ?」
問われた紫苑は視線を窓の外へと移す。
スクランブル交差点を横断する人の群れ。
一際大きく人目を引く街頭ヴィジョンに、最近よく見かける売り出し中の女性アイドルグループが映し出されていた。
新曲のプロモーションビデオだろう。
派手な衣装に甘い歌詞。
紫苑は思考する。
彼女達が生きているのは、自分達とは理が全く異なる世界。
嫉妬からではなく──勿論、皮肉などでもなく──彼女達には、どんな存在意義が在るのだろうか?
ファンに一時の享楽を与える? それはそれで尊い行いに違いない。
紫苑は更に思考する。
自分が今からしようとすることには、どんな意義があるだろうか?
正義? それは、自己満足な正義に過ぎないのではないのか。自分の行動は何を引き起こしてしまうだろう?
紫苑は、そっと自らの下腹部を撫でた。
皆、平和に暮らしている。たとえ、それが見せかけの、上辺だけのまやかしの平和だとしても。
この世界の真実を知ったら、人々はどうなるのか──。
「──おい、紫苑?」
山吹の声で、紫苑は現実に引き戻される。
不意に口角が上がった。
自分でも、何故微笑んだのか分析が出来ない。その不可解さが可笑しくて更に笑いが込み上げる。
クク、と声が漏れた。
山吹が怪訝な顔で睨んでいるのに気が付いて、紫苑は居住まいを正す。
そして──。
「柊露の魂は、僕が受け継ぐ」
山吹の顔を真正面から見据えて宣言した。
それは、世界に対する宣戦布告。
紫苑に気圧されて、山吹の体勢が少しだけ後ろに傾いた。
「う、受け継ぐといったって──柊露は魂をロックンロールに売っ払ってしまったんじゃないのか?」
眼鏡を押し上げる山吹の指が、微かに震えていた。
紫苑はそれを見逃さない。
いつしか、場の主導権は紫苑が握っている。
「取り戻すのさ」
「随分と、簡単に言うじゃないか。取り戻す? どうやって? まあ、どうでもいいか──」
「人間を超越した力を手に入れる」
「は?」
「悪魔と契約を結んで、人間を超越した力を手に入れるんだよ。そのために、ここにいるんだ。悪魔と契約を結ぶなら十字路と相場が決まっているからね。往年のスターに倣って十字路で悪魔と契約を結ぶのさ」
紫苑は三度、窓の外を──人が行き交うスクランブル交差点を見た。
「それで──魂を受け継いで──それから、何をするつもりだ?」
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