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「最高の眺めだね。感激しちゃうなぁ。とても、いい」
紫苑は胸の前で小さく拍手した。
「これは、お前がやったのか?」
山吹は眼鏡を外し、両手で顔を撫で下ろす。
「さあ、どうだったかな? 覚えてないよ、そんなこと」
紫苑は外の景色を眺めたまま、山吹とは視線を合わせない。
「こんなことをして、ただで済むと思わないことだな」
山吹は眼鏡をかけ直し、コーラで喉を潤す。氷は完全に溶けて無くなっていた。
「そうだね。これは一大事だ。話題になっちゃうんじゃない? まだ夜のニュースに間に合うかな?」
紫苑は腕時計を確認してから、口角を上げて微笑んだ。
「笑い事じゃないぞ。これは犯罪行為だ。この街頭ヴィジョンだって、どうせ正式に許可を取っていないんだろ? お得意のゲリラ戦か? あんな実名まで出して──名誉毀損で訴えられるぞ。ただでは済まない。こんなことをされたら、いくら俺でも庇い切ることは出来ない。どんな報復をされるか──」
「あれ? ひょっとして脅してる?」
「脅す? 違う、忠告をしてるんだ」
数秒の間。
「忠告、ときましたか。それって、自分が組織の人間だって、認めることになるんじゃない?」
紫苑は、山吹が組織の者ではないと踏んでいる。ただ、立ち位置としては組織側。消極的な協力関係にはあるのだろう。反社会的勢力にみかじめ料を納める夜の店のようなものだ。
「ふん、好きに想像するがいいさ。くだらない。カリスマを失ったパンクバンドに何ができる? たとえ柊露が生きていたとして、たかがパンクバンドが世の中にどんな影響を与えられる?」
「残念だけど、僕はロックンロールの力を信じているんだよ。たかがロックンロールだけど──僕は大好きだ」
「柊露が死んで、お前達の夢はもう終わったんだ」
「そうかな? 僕と同じ見解の人も多いと思うよ。あ、ほら──わりとこういうのが好きな人もいるみたいだね」
街頭ヴィジョンの下に人だかりが出来つつあった。近隣の交番から警察官が駆け付け、その一帯が騒然となる。
モヒカンの一団と警察官との間で小競り合いが起きている。逮捕者が出れば、ローカルニュース扱いだとしても、テレビで流されるだろう。
「一つ聞いておこう。お前の言う力とはなんだ? 悪魔と契約をして手に入れる力とは」
「ロックンロールそのもの」
「あ?」
「ロックンロールとは、世界を滅ぼすために悪魔に作られし邪悪なツール。だからこそ悪魔を滅ぼすことも可能なんだ。柊露はロックンロールの存在意義に気付けなかった。悪魔に作られたという誕生の経緯に拘りすぎたんだよ。純粋すぎたね」
山吹はゆるゆると立ち上がり、紫苑を見下ろしながら口を開く。
「紫苑、お前は死ぬなよ」
「優しい台詞じゃないですか、珍しい」
常磐柊露は死んだ。
その事は、間違いない。
この不完全な世界に於いて、
その事だけは確かなことだった。
「ロックンロールは死んだ。だけど僕が復活させる。新たな武器として再生し、この世界を救うんだ」
紫苑は高らかに宣言した。
1985 / 完
*この作品はフィクションであり、実在の人物・地名・団体とは一切関係ありません。
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