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あるはずのない詩 / 第一章 世界の終わり
「──どう思います?」
自身に降り掛かった釈然としない出来事を語り終えた本居純人は、最後に付け加えるようにして、目の前に座っている伊師崎圭に問いかけた。
「どう思う──ってのは、この小説? うん、まあ──面白いんじゃない?」
伊師崎は顔を上げることもなく答えた。
先ほどからずっと原稿に掛かり切りで、話しかけても上の空である。読んでいるのは純人が書いた小説だった。
「あのですね、褒めてくれるのは大変ありがたいんですけど、僕が知りたいのは、小説の感想じゃないんですよ」
「ああ、そうなんだ。えっと──じゃあ何について?」
伊師崎は漸く顔を上げて純人と目を合わせた。
二人の間にはプリントアウトされた原稿が積み重なっている。タイトルは『1985』。ざっと200枚はあるだろう。
「僕の話、聞いてました? 読むのは止めてきちんと聞いてくださいよ」
「いや、もちろん聞いてるさ。確りとね。だけど、小説家の割にはストーリー展開に無駄が多いよ。要領が悪いなあと思いながら頭の中で再構築していた。ただ、どう思うかと問われても、何について訊かれているのか分からない。物語として拙い。そんなんだからベストセラーを出せない」
容赦ない言い方だ。
純人は、細やかな抵抗として眉根を寄せて伊師崎を一瞬だけ睨んだが、当の伊師崎は既に原稿に視線を戻していて純人の抵抗は無益だった。
「だからですね、出版を白紙にされたんですよ──この小説の出版を」
純人はテーブルの上の原稿を指差した。
世界中にチェーン展開しているカフェの、窓際の席に二人は座っていた。
テーブルの上には冷めかけたコーヒーが二つ。二つとも至ってノーマルなコーヒーだった。二人とも、この店が売りにしている長ったらしい名前のオリジナルメニューは注文していない。味がごてごてしていて好みではなかった。食の好みに関しては何から何まで気が合わない彼らの、唯一にして些末な共通点だった。
窓の外には十字路が見えている。
まもなく日付けも変わろうかという時間帯。そのせいか、交差点は車通りが少なく、人通りは更に少ない。
伊師崎は原稿を見てから、純人の顔と見比べて、不思議そうな顔になる。
「それは、売れないと判断されたからじゃないのか? 出版社だって慈善事業ではないのだし」
伊師崎の言葉に純人は顔を引き攣らせる。
「さっきも説明しましたけど、もう発売日も決まっていたんですよ。担当の編集者だって乗り気だったし。それに、さっき、面白いって──」
「面白い、イコール、売れる、とは限らないだろう? そんなことも解らないからベストセラー作家になれない」
「な──さっきからベストセラー、ベストセラーって、なんなんですか! ぼ、僕はベストセラーに拘ってる作家じゃありませんよ。ベストセラーなんて、その気になれば何冊だって──書けないんじゃないです、書かないだけです。部数だとか、売り上げだとか、そんなことに拘ってはいないんです!」
客の少ない店内に純人の声が響き渡る。遠くにいるウェイターが困惑した顔で、こちらの様子を窺ってきた。伊師崎がそちらに視線を向ける。純人からは死角になっていて、ウェイターは見えていない。
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