あるはずのない詩 / 第一章 世界の終わり

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「バカげてます! そんな呪われた小説なんて存在するはずがない。人が真剣に相談しているんだから、もっと真面目に考えてくださいよ! 厄災をもたらす小説? 面白いじゃないですか! そんな小説、書けるんだったら、とっくに書いてますって!」 「大きい」 「え?」 「声が大きい。君の声が大きいから──ほら、ウェイターさんがこちらを(にら)んでる」  伊師崎はウェイターの方に手を挙げて、何でもないという風に制止のサインを送った。  純人も振り返り再度頭を下げる。 「さてと──外に出ようか」  伊師崎は腰を浮かせる。 「あ、ちょっと待ってくださいよ。もう大声は出しませんから、もう少し話を──」 「いや、大声で(わめ)こうが小声で(ささや)こうが、どちらにしろ、もう閉店の時間だから出なくてはならない」 「ああ、時間が──もうそんな時間ですか?」 「時間の概念を失うというのは、人間を辞めたも同然だね」  表情を変えずに言うので冗談なのか本気なのか純人には判断がつかない。 「本当に、いちいち(しゃく)(さわ)る言い方しますよね」  純人も立ち上がり、連れ立って二人は外に出た。  店の外は暑かった。  暦の上では秋も終盤だというのに熱帯夜が続いている。  純人はTシャツに膝丈のパンツとラフな格好だったが、伊師崎は白いYシャツに細身の黒いスラックスを履き、更には黒いロングコートを羽織っている。  暑くても寒くても、純人が会うときは、大体この出で立ちだった。  純人が、暑くないのかと尋ねたこともあったが、暑さ対策で着ているのだ、と良く分からない返答だった。 「それではと──あそこのカラオケボックスに行こうか」  伊師崎は(はす)向いにある看板を指差して歩き始めた。 「え? 何でですか?」  戸惑いつつ純人も後を追う。 「まだ話があるんだろう?」  先を歩きながら伊師崎が言った。 「それはそうですが、どうしてカラオケボックスなんです? 僕は歌なんか歌いませんよ」 「私も歌わない。もしかして、私の歌声が聴きたいか?」  伊師崎は立ち止まると、振り向いて訊いてきた。 「いや、結構です。歌わないんだったら、もっと落ち着いて話しが出来るところにしましょうよ。この時間なら営業している店もまだまだありますし──あ、僕の行き付けのバーなんてどうです? ここから、そんなに遠くないですよ。歩いて5分くらいの──」 「いや、それは駄目だ」  伊師崎はくるりと背を向けて歩行を再開した。  片側二車線の太い通りだったが、信号も横断歩道も近くには見当たらない。  伊師崎はさっさと車道に降りて横断し始める。  車も殆ど走っていなかったので、純人も左右を確認してから渡ることにした。 「どうしてバーは駄目なんですか?」 「君が良く行く場所だから」 「わからないな──」  カラオケボックスに(こだわ)る理由を考えたが分からない。 「──僕が歌を歌うのが苦手なのを知ってますよね?」 「だから、カラオケボックスにするんだよ」 「ナゾナゾですか?」 「いいや、論理的帰結だ」
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