あるはずのない詩 / 第一章 世界の終わり

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「論理的、帰結? なんですか、それ? 小難しいことばっかり言ってないで、たまにはきちんと説明してくださいよ」 「中途半端に説明したって理解できないさ」 「また、そうやって人をバカにする」 「いや、バカにはしていない。一から説明が必要で、おそらく君は知らないことが多いから時間がかかる。それだけのこと。色々な要素が複雑に絡まってて一言では──」  語りながら伊師崎が振り返ると、視界の端に光が飛び込んできた。 「──車?」  ヘッドライトの光だった。  光源の方に目を凝らすと一台の車が近付いて来るのが見えた。  猛スピードで迫って来る。  伊師崎は直感で自分達に突っ込んでくる様子をイメージした。 「()けろ」  伊師崎は純人に声を掛けた。 「え? なんか言いました?」  純人には何の事か分からない。  伊師崎の身体が純人目がけて動く。  足を開き右膝を曲げ体勢を低くする。  肩がするりと純人の懐に入り込む。  純人の胸にぴたりと肩が触れた。  そのまま身体ごと持ち上げる。  純人の身体がふわりと浮いて、2メートル程離れた地面に尻から着地した。  その横を車がタイヤを鳴らして走り去っていく。  黒いセダンだった。  テールランプの明かりだけ残し、すぐに闇の中へと溶けるように消えていく。 「(いった)いなー」  立ち上がりながら純人は尻を叩いている。 「ケガはないか?」 「お尻が痛いです。なんなんですか、いきなりひどいなー」  純人は自分が車に()かれかけたことにすらに気付いていない。 「死ぬよりは遥かにマシだと思うがね。気付いてないかもしれないが轢かれかけたんだぞ」  伊師崎が、純人に向かって車が突っ込んできたことを説明する。 「えー、危ないなー。飲酒運転ですかねぇ?」  緊迫感は皆無だ。  伊師崎は考える。  目的は何だろう。  黒い車体だった。  車種は分からない。  車のナンバーは見た。  頭の中で数字を反芻(はんすう)する。  どちらかが命を狙われてる?  念のために警察に届けようか?  そこまでするのは過剰だろうか?  伊師崎はくるりと向きを変え歩き始めた。  道路を渡り切ったところで振り返って純人を手招(てまね)く。 「入る前に、ちょっとメールを一通送らせてもらうよ」  カラオケボックスの入口近くで伊師崎は端末を取り出して素早く文章を打ち込み始めた。  その横で純人は、手持ちぶさたで突っ立ってぼんやりと夜空を眺める。  新曲のリリースを突如止められたバンドの話を書いたら、自分の小説も同じ様に出版を差し止められた。  何の因果だろうか? 小説の内容に何か問題が?  もう一度、自分の書いた小説を初めから読み返そう。  純人は、そう決意した。
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