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祭りのあと
その時、干上がったアスファルトの匂いと、火薬の匂いが鼻で混じった。
星の光しかなかった空に、豪華絢爛な花々が咲く。
「私は、星の方が好きだな」
閉校した小学校の屋上。遠くに聞こえる祭囃子。そして、夜を明るくするほどの巨大花火。文句のつけようが無いシチュエーション、のはずだった。
「せっかく打ち上がったのに、そんなこと言うか?」
彼女は手すりに肘を掛けたまま、水彩画のアゲハ蝶が描かれたうちわを、大きく扇ぎながら答えた。
「もちろん花火も好きよ。ただ、星の方がもっと好きなだけ。特に、祭りが終わった後の星が」
そよ風に乗って、鈴虫の音色が運ばれる。彼女の肩まで切った黒髪と、両耳の星形ピアスが、ほんの少しだけ揺れた。
「星なんて、いつだって見れるじゃないか」
そう言った時、ドドン、と太鼓の音が一際大きく響いた。それきり、太鼓の音はピタリと止んでしまった。神社の方からずっと鳴り響いていた笛の音も、もう聞こえてこない。
「あ。舞いが、終わった」
小高い山の中腹に建つこの小学校からは、五十段ほどの石段の上でかがり火に照らされた鳥居が見下ろせる。その鳥居の奥の本堂前に、舞い手に選ばれた5人の女性が囃子に合わせて踊る石畳がある。ここからは、ちょうど死角になっているけど。
彼女は軽くため息をつくと、次の花火が上がるのを待ちながら続けた。
「私ももうすぐ、舞い手になれる歳ね」
彼女の叔母さんが、舞い手として最後に踊りを踊った2年前の祭りの日のことだ。叔母さんは結婚後も長く舞い手を続けていたが、その年久しぶりに新しい舞い手が1人決まったので、ようやく引退することになった。
舞い手になる条件は、ふたつ。
この島で暮らしていること。
成人していること。
たった、それだけだ。
なのに、もうすぐ40代になろうとしていた叔母さんが舞い手を続けていたということは、それだけ舞い手を希望する、……いや、もっと言えば島に残る、という選択をする女性が、年々少なくなっている事を意味していた。
ヒュー、と高く大きい音を立てて、一筋の光が天に昇っていく。
その途端、赤、青、黄色と、暗闇の中に鮮やかな色の光たちが炸裂した。
すぐそばの空が明るくなってから少し間を置いて、ドーン!パパン、パパパン、と、花火の音が遅れて聞こえてきた。
「君は舞い手になると思ってたよ」点滅する彼女の横顔に向かって、僕は意地悪く呟いた。「この島を出るなんて、思わなかった」
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