祭りのあと

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 神社の石段の途中、僕らに近い方の広い丘にブルーシートが張り巡らされている。花火の光で、そこに座っている数十人の見物客の姿が目に入る。迫力に唸る感嘆の声が重なって、ほんの微かに僕たちの鼓膜へ届いてきた。  こうして人混みを離れて、彼女と2人きりで夜の小学校の屋上から眺める花火は、悔しいけれどやはり、格別なものだった。 「試してみたくなったのよ。自分が、どこまでやれるか」 「大学に行ったら、それがわかる?」  僕は懐疑的に言った。 「行かないのに比べたら、断然わかると思う」彼女の鋭い眼差しは、最後に打ち上げられた花火を真っ直ぐに捉えていた。闇空でいくつもの光が、百花繚乱の様相を見せる。「わあ」  目をキラキラと輝かせながら、明るく声を洩らす。見物客の歓声が、これまでとは比べ物にならない音量で、散った花火の下に響き渡った。 「たーまやーっ!」  遠くで誰かが、大声で叫ぶ。  それを最後に花火はもう打ち上がることは無く、7月の夜に、しばしの静寂が訪れた。 「……私は、島に戻るつもりだから」  彼女がゆっくりと口を開く。 「姉さんもそう言ったきり、帰ってこないよ」  僕は、不安を隠さなかった。 「大学生の間だけはさ。ここを離れて生活したいな、って」彼女はそう答えながら、アゲハ蝶のうちわを扇ぐのやめる。そして、くるりと振り返り、ゆっくり手すりにもたれかかった。「決めたんだ、私」  花火が終わってしばらく経ち、夜空には星が見え始めていた。そんな言い方をされると、僕はもうこう言わざるを得なかった。 「そっか……。うん。頑張れよ。応援、してる」  本心でも、あった。 「うん。あなたも太鼓打ち、頑張って。練習、厳しいらいしいけどね」 「ああ、わかってる。しっかり務めるさ」  祭りが終わった。そう、ただ、祭りが終わっただけなんだ。なのにこのとき僕は、彼女と身も心も離れ離れになっていくような気持ちになった。 (来年の夏祭り、帰ってくるよな?)  そう言いだすことすら、できなかった。意地を張っているのだろうか。なんだかそれは僕らしくなくて、余計に自分自身が腹立たしかった。 「ね、帰ろっか。花火の後の星も見れたし」  神社に灯ったままのかがり火を見つめる僕に、彼女が言った。 「ああ。帰ろう」  僕は満天の星空の祭りのあと、噛みしめるようにそう答えた。  ーー1年後。彼女は、祭りにやって来なかった。でも僕は、来年は帰って来るかもしれない、なんて心のどこかで、淡い期待を抱いていた。  しかし。さらに一年。また一年、と時は過ぎたが、とうとう彼女が島に戻ってくることは無かった。
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