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『ニアが、ニアが!』
そう叫ぶ声と共に、電話がかかってきたのが30分前。
取り乱すメアリが電話口で叫ぶ声から、何となく予想はついた。
『ニアが吐血して!今も、まだ、』
俺の予想通りの回答に、眉を寄せる。
「メアリ、とりあえずニアを病院に」
『無理よ!』
「今はお金の事とか気にしてる場合じゃ、」
『ニアは、戸籍が無いの!』
「え」
『戦争孤児の両親から産まれたせいで、戸籍はもちろん、出生記録すらない。1度戸籍を買おうかしたけど、伝もなければお金もなくて、結局買えなくて.....』
「戸籍」
『こんな地区でも家もなかなか借りれなくて、今の部屋も大金をつぎ込んで手に入れてるの!だから、だから.....』
唖然として言葉が出せない俺から、ジャックがスマホを取ると同時に紙を押し付けてくる。なんだよ。と思いながら紙を見ると、紙には「メアリの所に行く、準備しろ。」と書かれていた。
————————————————————
30分前のことを思い出していると、暗闇の中で車は壁の前に止まる。この壁の先は、無法地帯。車で乗り込めば、数時間後にはボロボロになって帰ってくるか、数分後にその場に車が無いかの2択になってしまう。
俺とジャックは車を少し住宅街の方に停め、壁を飛び越える。飛び越えた瞬間変わる空気と立ち並ぶ建物。無法地帯の名に恥じぬほど汚れた壁や地面。
走りながら路地を見ると、微かに人がいるのか見える。こんな無法地帯でも家がない人がいる、もしくはニアと同じ戸籍がないタイプの人達かと思うと、無意識に眉がよる。
「おい、」
ジャックに腕を引かれる。当たりを見渡すと、ニアのアパートの前に着いていた。
「あそこだ」
ニアの部屋を指さす。さすがにどこの部屋かは知らなかったらしく、ジャックは頷くと階段を上る。
「メアリ!!」
「っ、功祐!!」
いつもは閉まっているはずの鍵が何故か開いている扉を開けると、奥から焦ったような声が聞こえる。
「メアリ」
「功祐!どうしよう!ニアが、ニアが!」
寝室の扉を勢いよく開けて出てきたメアリ。頬には涙を流した跡がハッキリと残っている。
「メアリ、大丈夫」
「もし、もしニアがこのまま大きな病気だったら!?戸籍が無いから入院も出来ないし、闇医者だって相当高いのよ!通う事なんて出来ない!」
「メアリ」
ギュッと手を握り、また泣き出したメアリを抱きしめてやる。メアリは嫌よ。と首を振りながら俺の胸を濡らす。
「私、嫌よ、嫌!もう二度と大切な人を亡くしたくない!」
「.....メアリ」
泣き止みそうもないメアリ。それを落ち着かせるために背中をトントンと叩いてやる。
「いつからだ。」
ぐすぐすと泣いているメアリに、ジャックが聞くと、メアリは顔を上げる。
「い、一時間前に血を吐き出して、今は止まって.....」
「違う、どの時期からだ。」
「え?」
ジャックの問いかけに戸惑いながらも、メアリはジャックが聞きたいことがわかったのか、顎に指を置いて悩む。
「多分、今日が初めてよ。」
やはり話してなかったか、と俺は床を見る。使い古されているのが分かる部屋の床は、何故かとても儚いものに見える。
「今日が初めてか、なら.....」
「違う。」
「違うって、何が?」
メアリの問いかけに、俺は真っ直ぐとメアリを見つめて告げる。
「昨日も血を吐いていた。」
「え!」
「チッ」
「昨日BARを出ていった後、血を吐くニアを見つけてここまで連れてきた。ニアの反応からして初めてじゃない。」
「そんな.....」
メアリがありえない!と言うように目を見開く。
「ゴホッゴホッ」
「!!ニア!」
何かが詰まったような咳をする音を聞いて、すぐさまメアリと俺が寝室に飛び込む。
「っ!」
そこには、ベッドシーツを真っ赤に染め、うつ伏せになって未だに血を吐くニアがいた。
吐血量は昨日より増えている。しかも、メアリの話だと昨日よりも吐血している時間が長い。
「ニア!」
メアリがニアに近づき、背中をトントンと叩くが、何かが喉に詰まっているのか、苦しそうな呼吸と咳を繰り返している。
「ごめん。」
俺はニアに近づき、一言謝ると右手で背中を押さえ、指を2本喉に突っ込む。
「っ!功祐!」
メアリが何をしているの!と叫びながら俺の服を引っ張るが相手にせずに更に奥に突っ込む。ニアは苦しそうに俺の腕を抜こうとしてくる。
「っ、オエッ、ゴホッ」
「っぅ〜」
苦しそうに咳き込むと、ニアの口から血の塊が出てくる。
「え」
驚いたようなメアリを振り返る。
「血餅だ。多分喉あたりで詰まってたんだろ。」
「.....そう、なの、あ、ありがとう」
「いえいえ」
本気でニアを心配している分、俺がニアにわざとしていると分かって少し安心したようにへたり込む。
ニアも、血餅が出たおかげで少し呼吸が安定したのか、静かに呼吸している。
「とりあえず、ジャックが闇医者の伝を呼んでくれてるらしいからそれまでにシーツを」
「闇医者は断った。」
扉から聞こえてきたジャックの声に、俺とメアリの驚きの声が上がる。
「直ぐにニアを見せないと!お金なら私が何でもして稼いでくるわ!だから!お願いジャック!」
「ちげぇ、金の問題じゃねぇ」
「ならなんで!」
メアリがジャックに詰め寄ろうとしたのと同時に、ジャックが何かを床に投げる。
コロコロと転がる円柱型の入れ物。俺の足元に転がってきたので手に取ると、何か錠剤が入っているようだった。病院の薬?にしては何も書いてない。ただ、百均で買ったような何も書いてない入れ物に、俺は首を傾げる。
「スピリティングフラワーだ。」
「っ!?!?」
そうジャックが言った瞬間、メアリは俺の手の中の物を凝視する。
俺はというと、聞きなれない単語にさらに首を傾げる。スピリ.....なんだって?フラワーは何とかわかった。花?なんかの花を元にして作ってあんの?
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