409人が本棚に入れています
本棚に追加
二クォーター目はシグムンドがファフニールに押される形となった。
完全にファフニールが押していると言う訳では無いが、ファフニールとシグムンドの点数差は確実に縮まってしまっている。
観客からも、シグムンドを応援する声とともに、シグムンドの叱つする声が聞こえる。
二クォーター終了の合図がなり、20分の休憩となる。
両チーム共に控えの更衣室に戻るのか、会場は汗を拭いたりするための清掃員と、DJが居るのみだ。
「あれ?功祐どこ行くの?」
「帰る。」
「え〜、嫌だ〜、功祐いてよ〜」
「か、え、る!」
「足ないじゃん」
「うぐっ」
ジャックと会う前に帰ろうと席を立つが、ケニーの言う通りグレンの車で来ているため帰る手段がない。
公共機関で帰ろうと思うが、それも却下だ。持ってきたお金は全て昼ごはんに消えてしまっている。
しかし、ジャックがこの場にいるなら俺は早々に去りたいのが今の心境だ。ここにこのままいて前回の二の舞になる気は無いし、あいつとの知り合いということが2人に知られるのも嫌だ。
「ねぇ〜!帰らないでよ〜、ケニーと2人っきりとか耐えられないよ〜」
「俺のセリフだ。」
いや、知らねーよと言いたかったが、グレンは歩きだそうとする俺のズボンをつかんで、もし変なことを言ったら即座に下ろしてしまうつもりなのがありありと伝わってきたので、口を塞ぐ。
「わかった、わかった帰らねーから。」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
渋々といった感じで俺のズボンから手を離したグレンにため息をついて通路に出る。
「ちょっと散歩してくる。」
「20分後には帰ってこいよ。」
「あぁ」
ケニーの言葉に返事をして階段を上る。
出口に向かって歩くと、なかなか人が混雑しており眉を寄せる。
どうにか会場を抜けて外に行くと、ようやく人との間で隙間ができる。さっさとこの人混みから抜けてしまおうと左に避けると、少しポツンとした会場の周りの道に出たので、ようやくそこに腰を下ろす。
あ〜、絶てぇジャックと目が合った。てか、なんで言ってんだよあのアホ野郎。
ヂッと舌打ちをして、さっき横を歩いていた男からくすねたタバコに火をつける。
普段は吸わないが、こういったイライラした時には無意識に欲しくなるので、くすねることはよくある事だ。
別だん嫌いな銘柄ではなかったので、ラッキーと思いながら吸い込むと、約数ヶ月ぶりの味に、まじ〜と思いながらも空に煙を吐き出す。
ピリリリリ
スマホが鳴り、あぁ、もうそろそろ時間か?と思いながら電話に出る。
どうせケニーからの早く帰ってこいという最速の電話か、グレンからのケニーがまた女に手を出した!という苦情の電話だろ、と当たりをつけてはいはい、と電話に出る。
「あー、待ってろ、すぐもど.....」
『へ〜、帰ったかと思ったぜ』
「は?」
耳に入ってくる滑らかな英語と甘い声。忘れるわけが無いその声に、無意識に電話の通話ボタンを押す。
ブチッと音を立てて切れた通話をさっきまでのしていたスマホの画面を見ると、そこにはジャック・ヴァン・マシューズと表記されていた。
いや、まて、なんで俺はこんな奴の電話に出たんだよ。確認しろよ俺。
つい先程までの自分を責めながら、手の持ったタバコを軽く潰してしまう。勿体ねぇと思いながら咥え、吸い込むと少しだけ落ち着く。
何か通知が来ているスマホの通知音を無視して頭は今夜のことでいっぱいになる。
とりあえず、今日は帰らずグレンかケニーの家に泊まろう。たしか迎えに来るのは夜の8時と言っていたはずだ。この試合が終わるのが4時、そっから家に着くのは5時、そっから風呂はいって飯食ってグレンかケニーの家に行くとしたら7時には出なければならない。
いや、食事はグレンかケニーとどっか行こうと決め、短くなったタバコを下に落として足でもみ消す。
一応とばかりに通知を見ると、ケニーからの早く帰ってこいという通知と、その下にジャックから電話に出ろという通知が来ていた。
その通知にギュッと顔をしかめて、誰が出るかバーカと言うと、吸殻を拾って元の道に戻るために後ろを振り返る。と、たしかに見覚えのある柄、と言うより、今俺が着ている柄が目の前いっぱいに広がる。
「え?」
間抜けな声が出たが気にせず、グレイと会った時よりも古びた機械のような動きで上に顔を上げる。
いかにもギギギギと音がしても不思議でないほどゆっくりと、向きたくないと言う心と、向かなければならないという気持ちの葛藤の末、上をむく。
黒と赤とオレンジが見え、その生地の上には4と白い生地で書かれたそのユニフォーム。アメリカ人の中でも高身長に値するその身長、そして何より、鍛え抜かれたその体。間違うわけが無い。いや、間違えであれと思いながらも顔を上げるが、もちろんいるのはその人物。
ジャック・ヴァン・マシューズだ。
「よぉ、功祐」
「よ、よぉ、ジャック」
薄く笑い、逃がさないとばかりに長い腕を壁についているジャックに顔を引き攣らせながら、挨拶を返す。
「夜の8時まで我慢しろっつたのに、我慢できなかったのか?」
「あ?」
じわじわと近寄ってくるジャックに、じわじわと後ろにさがりながら距離をとる。
「しっかり俺のを着てるな」
クックックッと喉を震わしながら笑うジャックに、イラッとした気持ちが沸き起こる。好きで着てんじゃねぇよボケ。
スルッと俺の頬を撫でるので、その手を叩き落とすとさらに楽しそうに笑う。
「どけ」
「お前がバスケに興味あるなんて思わなかった。」
「興味ねーよ。友達の付き添いだし、だいたいこれもグレイがお詫びにって.....」
「詫び?」
ピクっとジャックの眉が上がる。
ん〜ん?あれ?これって黙っておかなきゃいけない事.....だよな?うん、だよ。やったわ。
「あ〜、いや、この間のBARの事を.....」
「あいつはそんなこと気にする玉じゃねーだろ。」
ご最も。
自分でした苦しい言い訳のくせに、ジャックの言葉に納得して頷く。
「まぁ、他のやつの着てねーだけましか」
「好き好んで着てるわけじゃねーよ」
「フッだろうな。
試合が終わったらここで待ってろ。直ぐに迎えに行く。」
「あ?来ると思うか?」
挑発するように鼻で笑うと、ジャックもニヤリと黒い笑みを浮かべる。さっき叩き落とした手がまた俺の頬を撫でる。
叩き落とそうとする前に、ジャックの手が俺の顎を掴む。
「まぁ、来たくねぇなら、試合が終わった瞬間観客席に乗り込んでお前の事を担いで退場するだけだ。」
「はぁ!?」
やる光景が簡単に浮かんでしまい、ヒクッと口が引き攣る。ファフニールの司令塔であるジャックに退場の時に担がれた、なんてことになったらすぐにでもニュースで人気物になってしまう。そんなのはゴメンだ。
俺の反応がそんなに面白かったのか、ジャックが喉を震わして笑うとそのまま顔を近づけてくる。
「ちょ、」
俺が何かを言う前に、ジャックは俺の口端に軽いキスを落とす。
っ!
バシッ!と音を立ててジャックの頬を殴ると、ジャックは俺に合わせて屈んでいたので、数歩後ろに下がる。
しかし、その口端は上がっている。
「っ!いっぺん氏んでろこのクズ野郎!!!」
人気者の頬を殴ったらやばいとか、これから試合なのにそんなことして大丈夫なのか、とか考えずに、とりあえず手が出たが、それでも怒りは収まらずに吐き捨ててジャックの横を通り抜ける。
バイブ音と共に震えるスマホを手に取り、名前を見てから通話ボタンを押す。
「んだよ!?」
『えぇ!?なんでそんな怒ってんだよ!?
てか、もう始まるぞ!』
「分かってる!」
ケニーが何かを言う前に通話ボタンを押し通話を切る。
ゴシゴシと口元を乱暴に拭きながら、人がまばらになった会場の入口から会場に入る。
最初のコメントを投稿しよう!