ふざけんな!

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ひとしきり笑った後、男は俺に向き直った。 「俺は、どこにでもいる顔か?」 正直言って俳優やモデルと言われても信じてしまいそうな顔だが、「あぁ」と頷く。 「クックックッ、そうかそうか。」 男は楽しそうに笑うと、俺の背中をグイッと押す。俺は、その背中に押され、男の顔が近くなる。 「気に入った。」 「は?」 無駄に整った顔で悠然と微笑みながら、男が俺にそう告げる。 意味が分からず、そのまま返すと、男は更に笑みを深める。 「ジャック・ヴァン・マシューズ。 覚えとけ。」 知るか、と返したかったが、なんとなくそれを辞め、眉を寄せて嫌な顔を作った。 そんな顔でも面白いと思っているのか、笑みを消さずに言葉を続ける。 「名前は?」 「秘密主義」 「住所は?」 「個人情報」 「最寄り駅は?」 「きさらぎ」 「.....きさらぎ?」 「何でもない」 文化が違った。 「俺グレイ・アンバスよろしくなガキンチョ」 女も2人侍らせた黒人が何が楽しいのかニヤニヤとしながら言ってくる。 「よろしくしねぇ」 「なかなか手厳しいことで」 ケッケッケッと笑いながら、横にいた片方の女にキスをする。 当たり前のように反対側の女にもキスをし、手で女の尻を撫で回している。 その光景にため息をついて、近くにあるグラスを手に取る。中には琥珀色の液体が入っている。 「飲めるのか?」 「は?バカにしてんのかよ」 ジャックの言葉にイラつきながら返すと、それすらも面白いのかジャックは笑いながら自分の手に持っている酒瓶を俺のグラスに当てる。 「出会いに乾杯」 「くせぇ」 歯が浮くようなセリフに、若干の鳥肌を感じながらグラスの中身を煽る。 それを楽しそうに眺めながら、ジャックも酒瓶を傾けてごくごくと喉を鳴らす。 手に持つ酒瓶はなかなかの値段のもので、俺たちのような大学生では1本を月に1度買えるかどうかという値段だ。しかも度数も強い。 そんなものをごくごくと荒っぽく飲み、1回で3分の1ほど飲んでしまう。 ザルかよ。いや、枠か。なんて思いながら、俺も近くにあった酒瓶を手に取る。 シャンパン。しかも俺も飲めるような甘さが強いものだったので、飲もうかとジャックの方に瓶を向ける。 「ジャック」 「....なんだ」 変な間を置いて、ジャックが返事をする。 首をかしげながらも、別にいいかと気にせずに瓶のラベルを見せる。 「飲んでいいか?」 「あ?これあめーだろ」 「俺は、嫌いじゃない。」 「チッ、好きにしろ。」 「あぁ」 これもそこそこの値段がするもので、こんなに簡単にホイホイと人にやるようなものでは無いが、気にせずにコルクを抜く。 「そんなに飲んでたら酔うぞガキンチョ」 バカにするように笑ってくるグレイに、シッシッと手を振りながら応える。 「ガキ扱いすんな」 「どー見てもガキだろ。」 ジャックもグレイに便乗してそんな事を言ってくるので、舌打ちをしてからグラスの中にシャンパンを注ぐ。 本当ならこんないいシャンパンはきちんとした形で飲みたいが、この膝の上から逃げられない事にはどうしようもない。 ならば大人しくご馳走になろう、とふつーのグラスに注ぐ。 「おい、このシャンパン追加しとけ」 「あ?」 ジャックが誰に言っているのか分からず、無意識に反応するが、ジャックは俺の方を向いてはなかった。 ジャックが向いている方に顔を向けると、そこには俺たちが入ってきた扉とは別の扉の傍にボーイが立っていた。 さっきのはあの人に言った言葉か、と思い気にせずにグラスを傾ける。 「一応ジュースでも頼んでたらどーだガキンチョ!」 「てめーにぶっかける用にか?」 がはっはっはっと笑うグレイを睨みつけ、そう返すと、ジャックはくすくすと笑う。 「仲良くしろよ」 今まで黙っていた(女といちゃついていた)男がそう言うと、ジャックもグレイも乗ってきた。 「あぁ、少しは食いつくのをやめたらどうだ」 「そーだぜ、ガキンチョ。俺は、おめーと仲良くしてーだけだって」 「ならまず、そのガキンチョ呼びをやめろゲス野郎」 売られた喧嘩は主義だ。と言いながらグレイに中指を立てる。 「じゃあ、俺と仲良くしろ」 そんな事を横にいる男、ジャックが言ってくるので、変なやつを見るような目で見てしまう。 「本気で言ってんのか?」 「あ?当たり前だろ」 「ざけんな。誰が無理やりキスしてきたやつと仲良くなんてするかよ。 てめーらとなんかこれっきりだ。」 「つれねーな」 なんて事を言いながら、ジャックの手が腰に回り、俺の太ももを撫でる。 身長に違わず大きな手のひらにムカつきながら、その手を叩く。 「汚ぇ」 「クックックッ」 楽しそうに笑うジャックにまたひと睨みしながら、久々に飲む美味いシャンパンをごくごくと飲み干す。 ジャックが頼んだボーイが近くに来ると、俺の横に置かれている氷水に何本か同じシャンパンが追加される。 それが嬉しくて「ありがとう」とボーイに言うと、ボーイは微笑みながら背を向けた。 イケメンさんだった。 「ちまちま飲んでんじゃねーよ」 ジャックにグラスを取られ、あっ、と言葉が漏れる。 まだクラスの中には半分近くシャンパンが入っているのだ。 ジャックはグラスをテーブルの上に置くと、シャンパンをボトルごと取り、俺に押し付ける。 「は?」 「めんどくせぇからこれごと行け。」 俺がグラスで飲んでもお前は面倒くさく無いだろ、なんでザルでもない俺がシャンパンを1瓶飲めると思ってんだよ。とか思ったが、大人しく受け取る。 こんないい酒なのだ、少しぐらい羽目を外していつもより飲んでもいいだろう。 大人しくボトルを受け取り、瓶の口に付けてごくごくとシャンパンを飲む。 シュワシュワとした泡が口の中で弾け、舌を刺激する。 俺が飲んだことに満足したのか、ジャックはグレイ達との会話に戻っていく。
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