よし、逃げるか

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パラリとページをめくる。久々の日本語の漫画に、ハラハラドキドキしながら急いで続きのページをめくっていく。 小さな物音さえ気にしないほど集中しているこの本は、俺がこっちにいると唯一知っている友人が送ってくれた本だ。日本にいる時からずっと見ており、新作が出るを今か今かと楽しみにしていた。しかし、ようやく出たと思ったら今海外。クソ!と思いながら友人に頼むと、快く送ってくれた。まじ感謝。 カチャ。静かに音を立てて、カップを持ち上げて口を付け傾けるが、一向に飲み物が落ちてこない。あれ?と思い中を覗くと、いつの間にか無くなってしまっているようだ。入れ直そう。と思い立ち上がると、俺の座っていた場所に大きな影があることに気づく。 「うわっ!ジャック。帰ってたのか。」 「あぁ。」 静かに頷くジャックは、左を見たまま俺の方を見ようとしない。?首を傾げるが、別にいいかと思いソファを回る。 「帰ってきてたなら声をかければいいのに。」 「集中してたみたいだからな。」 「まぁな。」 なんか様子がおかしいジャックに、さらに首を傾げる。いつものジャックだったら、俺がいかに本に集中してようが構わずに抱きついてきたはずだ。なのに何もしてこなかったジャックが怪しい。 お湯を沸かすのをやめ、ジャックの方に近づく。ジャックは俺に気づき、急いでまた左側を見る。余計に気になってジャックの周りをぐるぐると回るが、ジャックも一緒にぐるぐると回る。 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる........。 「うぜぇ!」 「っ!おい!」 イラッとして、ジャックの腕を掴んで押し倒す。元々ぐるぐると回って若干目が回っていたのか、ジャックは簡単にソファに倒れ込んでしまう。こんなに体格差あるのに。 しかし、最後は詰めが甘い俺。勢い余ってソファの肘掛に突っ込もうとしたところ、ジャックに抱きとめられ助けられる。おぉ、間一髪。 「ありが.....と.....ぶふっ!!」 いや、すまん。と言いながら吹き出した口の周りを拭うような仕草をする。一応取り繕おうとするが、肩が震えてしまう。落ち着け俺の肩! 「もうおせぇ。」 ジャックの低い声に、さらに吹き出してしまい止めようとするが、止まらない。そのまま咳き込むように誤魔化しながら笑うと、ジャックは大きくため息を着く。 「おま、紅葉。」 「.....うるせぇ。」 ジャックの左の頬には、真っ赤な手形が綺麗に紅葉型で着いている。1回みて、また吹き出してもう見ないように目元を手で隠す。 「くっ、ぶ、つっっっ!」 「あ〜、くそ!笑いたきゃ笑え!」 「ぶー!あっはははっはっ〜ー!!」 「笑いすぎだ!」 笑っていいと言うので全力で吹き出したら怒られた。解せぬ。 「くっ、ぷははっ、で、どうしたんだ?」 「チッ」 ジャックの上に寝転び、紅葉型を残した頬をてで撫でながら言うと、ジャックは嫌そうに俺を睨む。わかっているだろ。と言いたげな目だ。まぁ、分かってる。なんで叩かれたのかも、誰にやられたかも予想が着く。それでも。 「わっかんないからさ〜。」 教えてくれ。と言うと、ジャックはため息を吐いて俺の背中に手を置く。全身の力を抜いてソファに全部体を預けたようだ。それでも変わらず腹筋はバキバキに割れているのを腹で感じる。 「メアリが口紅付けてくんなだとさ。」 「ぶはっ!」 予想通りの答えに、思わず吹き出すとジャックから臀をガシッと掴まれる。掴むな!変態! 「チッ、あいつ思いっきり叩きやがって。」 メアリらしい。と思いながら笑ってジャックの愚痴を聞いていると、ジャックが俺の方をじっと眺めるので首を傾げる。 「なんだ?」 「お前は、もう少し言葉にしろ。」 さすがにいきなり帰られたらわからん。というジャックに、笑みと共に笑いが吹き出す。ジャックが気を使うようになった嬉しさもあるし、そうやって言ってくれる嬉しさもある。元々女遊びが激しいジャックが、俺みたいな男相手に眉を下げてくれる優越感に浸っていると、ジャックが額にキスしてくる。 「ははっ、くすぐってぇ。」 「まだただいまのキスしてねぇだろ。」 「そうだな。」 「あぁ。」 ようやく機嫌が少し直ったのか、少しだけ笑いながらジャックが俺の顔にキスをしてくる。 「ははっ、おかえりジャック。」 「あぁ。ただいま。」 俺から触れるだけのキスをすると、ジャックがさらに顔を近づけて来るので受け入れる。おしりに乗っている手が意味のある動きをし始める。 「ふんっ、ジャッ、ク」 「功祐」 キスの合間に息をする。ジャックの目が微かに細くなり、ジャックの手が俺のおしりの筋をなぞり、背中に乗る。ゆっくりと降りていき、ズボンに入る。 「よし!終わり!」 前にガバリと上半身を上げ、ジャックの腕をポイッと投げる。俺の突然の行動に目を丸くしているジャックの上からいそいそと降り、キッチンに立ってお湯を沸かす。 俺はまだ漫画を読んでいる途中なのだ。ジャックに構っている暇はない。 「おい。」 イラついたような低い声を出すジャックだが、怖くも何ともない。まるで犬を相手するようにシッシッと手を振ると、ソファの背もたれに顔を置き、いかにも拗ねてます。と言うよに俺を見てくる。可愛くねぇよ。 「漫画で忙しい。」 沸いたお湯でコーヒーを作り、ソファに移動する。テーブルにコーヒーを置く所にちょうどいつかのタバコを押し付けた痕がある。高級テーブルなのに.....。 そんなことを考えていると、ジャックが後ろから抱きしめてくる。邪魔、だがこれを拒否したら明日から面倒だな。うん。と頷くと、大人しくジャックを椅子にして途中だった漫画を開く。 今思ったが、贅沢な椅子だ。全米のストリートバスケの大会での、優勝最有力候補のチームのリーダーで、しかも来年からはNBAとの契約が決まっている。契約金だけで何十億と行ったらしく、よく知らないがケニーとグレンが騒いでいた。しかも顔よし体よし性格は、難あり。 うん、まぁ最後で微妙になったが贅沢な椅子だ。 「漫画、よく読むのか?」 邪魔をしないようにはしているのか、俺の腹に長い腕を巻き肩に頭を乗せている。別に邪魔にはなっていないので好きにさせておくと、耳元で小さい声で聞いてくる。 「いや、これだけだな。」 ふ〜ん。と興味無さそうに返事を返してくるジャック。俺は変わらずに本の文字を目で追って、漫画の絵を見ている。 「面白いのか?」 そう聞いてきたジャックに首を傾げる。ジャックは本が嫌いだ。説明書とかも、誰かに説明されるのを聞いているのも好きじゃない。なので、ジャックには回りくどい言い方はダメで、単刀直入に言わないと直ぐに忘れてしまう。 なので、本、漫画だが、文字が書いてあるものに興味を持ったジャックに珍しいと思う。 「まぁ、俺的には。」 俺以外の奴らの評価はボロくそだったけど。と内心思いながらも表紙を見せる。そこには、片腕の無い少年と手を繋いでいる女性が楽しそうに走っている絵が書いてある。 「こっちの男性が主人公で、自動車事故で腕を無くした。野球でプロを目指してたけど、そのせいで野球人生も終わったから塞ぎ込んでるときに、この女性と関わるようになって変わっていく、みたいな話。」 そうやって説明すると、ジャックはふ〜んと言いながら1ページ目から漫画をめくる。いや、読んでるんだが。まぁいいか。 少しぐらい文字を読むようになれと前から言っていたので、興味を示したならいいことかもしれないと好きにさせていると、ジャックの顔が少し不機嫌になっていることに気づく。意味が分からずに首を傾げると、ジャックが漫画から手を離す。 「読めねぇ。」 「・・・まぁ、日本語だしな。」 この本は別にめちゃくちゃ売れている訳ではないので、他の国の言語に直された事はない。そのため、わざわざ日本から送ってもらったのだ。 ジャックは小さく舌打ちをすると、俺の肩に額を当てる。 「はやく読み終われ。」 お前が邪魔したんだよ。と思いながら読むのを開始する。 ページをめくる速度が少しだけ早くなったのは内緒だ。
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