よし、逃げるか

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「なんだ功祐。緊張してのか?」 「るっせぇ。だってこうやってお前の両親と会うの初めてだろ。」 「ばっかお前、何度も会ってんだろ」 「それはお前の友人としてであってなぁ。」 俺がため息を付くと、そいつは大丈夫だって!と言って笑う。その笑みだけで許してしまう俺は相当こいつに甘いと思う。 「なぁ、功祐。」 「ん?」 「お前の両親はいいのかよ?」 俺あったこともねーよ?と言うそいつ。まぁ、両親といっても父親にはもう長い間会えてない。母親もこいつと暮らし始めて1回も連絡も取ってないし、元々放置主義だったため心配もしてないだろう。 「要らねぇって。」 そう言うとそいつは不満そうにするだけで何も言わない。そんなそいつにため息をついて、何も反応を示さないそいつの手をぎゅっと握りしめる。ほのかに暖かいその腕。もう動かないなんて信じられないし、そいつの手のひらには感覚すらないなんてもっと信じれない。 「なぁ、功祐。」 「ん?」 「もう少しいい所に住まね?」 「はぁ?金は?」 こいつの障害者手当とかも出てるが、俺1人の稼ぎじゃだいぶ少ない。こいつも色んなところでバイトやらなんやらをしてるらしいが、それでも足りないだろ。 「安心しろ!今まで貯めてた分がある!」 「浪費家のお前がか?」 にししっ!と笑うそいつ。それは同居するはずだった彼女の為に貯めていたんじゃないのか?とか、どんぐらいなんだ?とか、色々聞きたかったけど、困るのは俺の方だ。静かに口を閉じる。 「お前と引っ越す為に貯めてたに決まってんだろ!」 な!っと言ってにししっと笑う。その瞬間さっきまでの不満や不安やらが一気に無くなり嬉しくなる。自分ながら単純すぎるだろと思うが、気持ちに嘘はつけない。 「そう、か。ありがとうな。」 この街に居ずらくなった俺のために言ってくれているであろうそいつ。好きだ好きだと前から思っていたが、今は飛びっきりそいつの事が好きなようだ。 「あ、着いたな。」 「なんか、久しぶりだな。」 高校卒業前から一緒に同棲して早1年半。毎日のように集まっていたこいつの家がめちゃくちゃ懐かしい。 「ただいまーって、誰もいねーの?」 連絡してたのに!と騒ぐそいつが玄関を上がっていく。懐かしい。古い靴棚も、擦れた玄関の入口も。目の前に廊下があり、すぐ左には和風の扉があって直ぐにリビングに繋がっている。右斜め前にある階段は、酔っ払い過ぎた友人が転げ落ちたこともある。自分の家以上に過ごした気のするこの家。 「入れよ。」 今更遠慮してんのかよ。と笑うそいつに、苦笑して靴を脱ぐ。 「久々すぎて。変わってねーなって。」 「そうでもねーぜ?こんな花とか前は無かったし、てか、誰がこんな小洒落たもん置いたんだ?」 首を捻って考えているそいつに笑う。 「んな、考えるような事じゃねぇだろ。」 「まぁ、そうだけど。」 慣れたように階段を上がっていく俺の後ろに、そいつが続く。いや、逆な気がするがもう慣れたものだ。 階段を上がってすぐ、3つの扉が迎え入れる。その中の真ん中の扉を開けると、もっと懐かしさを感じる6畳の部屋がある。 「相変わらずせっめぇな。」 今は片付けてあるが、元々はここに布団が敷かれ、部屋の半分を占領していた。ここに5人とかで寝てたから相当すげーよな。 「るっせぇ。ここでお前らの青春をつぎ込んだんだろ。」 たしかに。と言って笑う。ここで俺の彼女とこいつの彼女と4人で4Pもしたし、4人ぐらいの女を連れ込んで乱交すらした。いや、今思えばめちゃくちゃクズだな。 「おい、ここ健也が寝ぼけて蹴り破ったとこだろ」 「あいつ俺の部屋にボカスカ穴あけやがって!」 「蹴りの威力が半端ねーんだよ。」 容赦ねーからな!なんて笑いながら言う。本当に懐かしい。こいつの腕が動かなくなって2年。みんなで遊ぶことも無くなったし、集まることもそうそうない。たまに誰かが1人で遊びに来るが、それでも直ぐに帰ってしまう。誰もがこいつに、負い目を感じているのだ。 「なぁ、功祐。」 「ん?」 「俺の両親への挨拶が終わったらさ、引っ越そうか。」 「金足りんのか?」 「あぁ。大丈夫。」 そんなにこいつ貯めてたっけ?と首をかしげるが、動く方の腕で俺の手を握るので、静かに握り返す。 「いいぜ。」 「なら、ヨーロッパの方行かね?」 「.....は?」 引っ越そうと言われ、いいとは言ったもののどうしてヨーロッパになるんだ。いや、遠いわ。いや、てかなんで海外? 「ほら、ヨーロッパって同性結婚認められてる国多いじゃん?」 「まぁ、確かに」 そういえばそいつとそういうの調べた時期もあったな。 「だから、」 「.....」 右手の薬指に何かがハマる。驚いて下を見ると、そこにはキラリと光る円状の物。 「結婚しよう。功祐。」 キザったらしく俺の右手を持ち上げて指輪にキスをする。 「っ!恥ずかしいやつ!」 「えぇ!」 左手で顔を隠す。今の顔を、そいつに見られたくはなかった。 「にししっ!次は左手にかっこよく嵌めさせてくれよな!」 チュッ!っとリップ音を立てて、そいつが俺の顔を隠していた左手にキスをしてくる。驚き過ぎて数歩後ろに下がってしまうが、そいつはしてやったり顔で笑うだけだ。 ムカつくが、嬉しすぎて顔がニヤけるのを止めるので精一杯過ぎて何も言えない。 「かん、がえとく。」 「おう!」 お!誰か帰ってきた!と言って部屋を出ていくそいつを見送る。 〜〜〜!!!!嬉しいとか恥ずかしいとかかっこよかったとか本気で結婚すんのかよとか、もう大量感情が押し寄せてきて思考がグルグルと回る。 「はぁ。マジかよ。」 嬉しくて嬉しくて。こんなことが叶うなんて思って無くて。キラリと光る指輪にキスをする。そいつがしたのと同じ場所にキスを。 「おーい!功祐!降りてこいよ!」 「おう、今行く。」 そいつの部屋の鏡を見て、変なところが無いかをチェックしてから部屋を出る。階段を降りると聞こえてくる懐かしい声。 「お、来たな!」 階段を降りて直ぐにそいつがいてリビングへの扉が開いていた。リビングには、そいつの両親がいて、昔と同じように父親はソファでくつろぎ、母親はスーパーのビニールを台所の上に置いていた。 「お久しぶりです。」 頭を下げる。 あ。 「そう、久しぶりね!功祐君!」 これは、ダメな気がする。 バチバチと頭の中で鳴り響く警戒音。やばいやばいと思いながら1歩後ろに足が下がる。 「なぁ、母さん父さん!俺な!」 話し始めようとするそいつに驚き手を伸ばす。しかし届かない。なら足を1歩前に出す。届かない。口を開く。そいつと同時だ。 「はる.....」 「俺、功祐と結婚する!」 ゾワリと背中に悪寒が駆け巡る。そいつの腕を掴むがもう既に遅い。 「え?」 「日本じゃ同性結婚認められてないから、ヨーロッパ辺りに行こうと思ってる。金は2人で貯めた分があるからそれで行こうかと.....」 「黙って!!!」 そいつの言葉を遮り母親が叫ぶ。俺は怖くて母親を見ることも出来ない。 「おい、母さん。どうし」 「ねぇ、功祐君。ほんと?」 ゴクリと喉がなる。嘘と言うのは簡単だ。多分、こいつはキレるだろうが説明したら分かってくれるはずだ。でも、 「本当、です。」 バシン!! 頬に衝撃が走り、気づいた時には床が目の前にあった。ジリジリと痛む頬に無意識に手が行く。 「母さん!何をしてんだよ!」 「黙ってなさい!」 そいつが母親を止めようとするが、母親は振り切って俺の方にやってくる。 「すいませんお母さん。」 「貴方に!お母さんなんて言われたくない!」 あら、気軽にお母さんって呼んでいいわよ!と言ってくれていた日の景色が目の前で流れる。その瞬間目の前が歪んで頬がさらに痛む。でも、それ以上に心臓が痛い。 「すいま、せん。」 「あなたは、あんたは!!息子の利き腕を奪って!それなのに、それなのにこれ以上私達から息子を奪うつもり!?」 「すいません。」 「ヨーロッパ?ふざけないで!結婚なんて認めるわけないじゃない!同居もこの子が不便だからって言われて許したのよ!!」 「すいません。」 「本当なら、本当なら、」 ギリッと歯を軋ませる音が聞こえる。 「すいません。」 「千紗(ちさ)ちゃんと同棲して貰いたかったのに!!!」 正論だ。正論過ぎて何も言えなくなる。目の前が歪んだまま床を見ていると、ギシッと床が軋む音がする。どうやら、お父さんが立ったようだ。 「お前は、そこにいなさい。」 「おい、父さん?」 多分、あいつに言っている。 ギシギシと鳴る床の音を聞きながらその場に正座をする。 ガン!!!っ!いっぃ!!! 頬にさっき以上の激痛が走る。そのまま音を立てて床に倒れ込む。鼻が暖かい気がするので、鼻血が出ているようだ。 「出ていけ。」 「っ、すいません。」 「二度と家の敷居を跨ぐな。」 「すいません。」 静かに立ち上がると、頭を下げる。血を落とさないように手で押さえながら静かに。 「おい!待て!功祐が行くなら俺も、」 「お前は、そこにいろと言っただろう!」 父親が壁を殴る。そのせいで壁が凹む。 「失礼します。」 そいつとも1回も目を合わせずに出ていく。靴を履いて玄関を出て、小さな庭を抜けると、そこはもう道路になっている。 ボタボタと溢れてくる鼻血を、ゴシゴシと袖で無理やり拭う。お気に入りのシャツだったが仕方ない。止まらない鼻血はボタボタと落ちて俺の胸元を汚す。 後ろを振り向くと、そこの表札に書かれている並木という苗字。 「ごめん。」
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