3.自由へ

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 登った壁の向こうには緑があった。   川もある。  風が吹いてる。  淀みない風が、ラジオの前髪を吹き上げた。  急いでロープを解き、地上に落とそうとした。  ふと、じめったい風が壁の内側から吹き上げてきた。 「貴様ら、何やってる! 逃走罪ぞ!」  眼下に守衛兵の怒号が聞こえた。  蟻みたいに小さくなったテレヴィとアンプの後ろに守衛兵たちが迫っている。後方に、あの黒い甲冑の兵も見えた。  こちらへ走っていたアンプが、ふと、その足を止めた。くるりと、その守衛兵たちの方へ向きを変える。  ロープを下ろそうとした手を、止めた。  アンプ、何やってる。……何で、止まるんだよ。 「テレヴィ、アンプ……」  小さく小さく見えるアンプが先頭の守衛兵に首根っこを掴まれ、後ろ手に拘束された。 「アンプッ!」  守衛兵がアンプに銃を向けている。 「いけぇ、ラジオ!」  首をもたげられたアンプの叫びが届いた。  後方から猛然と向かってきた黒い甲冑兵が、大きな銃をこちらに向けたのが分かった。    ドンッ  ドンッドンッ!  銃声が響く。  拘束されながら、兵を引き摺り、アンプが黒い甲冑の兵に体当たりしていた。 「……なんだよ、それ。約束と違うじゃねえかよ。三人でこの街出るんだろ? 嘘、つくなよ」  ドンッ  ドンッドンッドンッ!  真下で立ち上がっていたテレヴィの姿が、どさりと地に伏したのが見えた。  伏したテレヴィを守衛兵が取り囲んでいる。銃口が一斉に向けられる。  倒れていたテレヴィの頭が上がった。 「いけえええええ、ラジオォ! 飛べぇ!」  ドンッドンッドンッ!!  ドンッドンッドンッドンッ!!  アンプが、動かなくなるのが、見えた。  テレヴィの身体から血が吹き出している。5歳の時に脳裏に刻まれた光景が眼下に、ある。  馬鹿な。  助ける。俺ぁ、助けるぜ。  ラジオはロープを垂らそうとした。一刻も早く戻ろうと。  テレヴィの最後の咆哮がこだました。 「こっちじゃねぇ! あっちに飛べっ! 雪鉄砲かますんだろがよ! 楽しみなんだろがよっ! お前が飛ぶのは、あっちだ!!」 「……なに言ってんだ、テレヴィ。やだよ」 「馬鹿ラジオッ! 飛べええぇぇ!」  ドンッ  ドンッドンッ  ドンッドンッドンッドンッドンッ  空から落ちるようだった。  飛んだ感覚なんて、なかった。  それしか、覚えていない。  ロープを握る両手は摩擦で火傷して、感覚すらなかった。  その手でヘッドホンをたぐった。落ちながら、ヘッドホンで耳を覆った。爆音が銃声を消してくれた。  涙が強風で飛び散らかってく。指から流れるちっぽけな血が、頬に降りかかった。 「こんなクソみたいな街だけど、俺はテレヴィとラジオに会えてよかったぜ。三人でここを抜け出してよ、自由を手に入れるんだ。俺が作った家で三人で暮らすんだ」  ヘッドホンから鳴る音楽より、心の中で響くアンプの声が胸を突き刺していた。 「ラジオ、お前は俺の弟だ。何があっても俺が守ってやる。一緒にこの街出ても、ずっと俺たちは兄弟だ」  鼓膜を突き破りそうな音楽より、テレヴィの優しい声が鼓膜に残ってる。  嘘つき。  嘘つきの兄貴たちめ。  もうすぐこっち側に足がつく。しっかり着地しろ。この着地の重みを確かめろ。  足が壊れるほど痛かった。当たり前だ。この着地は二人の命を背負ってる。  素早く走れ。森の方へ。  緑がある。  川がある。  俺は自由だ。  でも、どういうこったよ。笑えねえじゃねえかよ。  俺は、テレヴィ、アンプ、三人で。  三人で飛びたかったんだ。  あの日、俺を置いて話してたのは、こういうことだったのか。万が一の時、俺だけを……って。  嘘つきの馬鹿野郎め。  ありがとう。  俺、自由になってくるよ。  ありがとう。  涙でぐしゃぐしゃの顔を腕で必死に拭いながら、ラジオは朝日昇る森へ、自由へ、走った。 スノウピストル*ライラック ~ラジオとテレヴィとアンプの物語~ 完
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