1.灰色の街

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 音が、消えた。張りつめていた鼓膜が緩む。 「ラジオ。いつから呼んでると思ってんだよ」  見上げると、ヘッドホンを取り上げたテレヴィが立っていた。太陽に重なって表情が見えない。栗色の毛先がしらしらと、夕光を浴びて輝いている。 「ラジオ、アンプの父ちゃんが死んだってよ」 「そうかよ」 「着替えろよ」 「分かった。すぐ帰る。でもよ……」 「でも、なんだよ?」 「線香なんて目の前で焚かれて、それで嬉しいのかよ。無念ってのは消えんのかよ?」 「知らねえよ。目の前を煙で包んでやるほうが、楽になんじゃねえのか」 「……ふーん。そゆことね」  テレヴィがスケボーに右足を乗せる。勢いよく左足でプッシュし、けたたましい音とともに隣のビルへ飛んだ。  心のなにかをぶつけるような音だ。  俺は靴紐を結び直した。俺の足はゴム製だ。どんな高い壁だって登ってみせる。  埃だらけのビルの屋上で、クラウチングの姿勢をとる。 「3、2、1、GO!」  駆ける。  向かい風も気にしねえ。  狼の姿勢で隣のビルへ。飛びながら、隣のビルの(へり)を掴む。毛羽立つモルタルに指が刺さる。気にしない。そのまま反動でくるりと回って、また次のビルへ。  高さの差があったって、それも気にしねえ。前へ。  翔んで、モンキーで着地したら、また前へ。  泣いてたら壁にぶち当たる。飛ぶしか、残されてない。  だから、前へ前へ。  涙が枯れるまで、前へ。 「待てよ、テレヴィ!」  詰め込まれたビル群の空に、オーリーをかますテレヴィが舞っている。太陽とテレヴィの栗色の髪が重なって、とても綺麗だ。  ビルとビルの間の空を、テレヴィと一緒に飛ぶ。最上階の住人が窓開けて怒鳴ってやがる。 「うるせえぞ、ガキィ!」  てめえがうるせえよ。前宙しながら、あかんべえをした。 「速くなったじゃん、ラジオ!」  滑走しながら、テレヴィがこちらへ振り向いて笑った。 「んだろ? もうこの街イチのパルクーラーだぜ」 「じゃあさ、あれ。飛び越えれっか?」  テレヴィが目の前を指さした。教会の屋根だ。くすんだ赤い三角屋根の真ん中に、旗が揺れている。今いる五階建てのビルから、かなり距離がある。
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