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音が、消えた。張りつめていた鼓膜が緩む。
「ラジオ。いつから呼んでると思ってんだよ」
見上げると、ヘッドホンを取り上げたテレヴィが立っていた。太陽に重なって表情が見えない。栗色の毛先がしらしらと、夕光を浴びて輝いている。
「ラジオ、アンプの父ちゃんが死んだってよ」
「そうかよ」
「着替えろよ」
「分かった。すぐ帰る。でもよ……」
「でも、なんだよ?」
「線香なんて目の前で焚かれて、それで嬉しいのかよ。無念ってのは消えんのかよ?」
「知らねえよ。目の前を煙で包んでやるほうが、楽になんじゃねえのか」
「……ふーん。そゆことね」
テレヴィがスケボーに右足を乗せる。勢いよく左足でプッシュし、けたたましい音とともに隣のビルへ飛んだ。
心のなにかをぶつけるような音だ。
俺は靴紐を結び直した。俺の足はゴム製だ。どんな高い壁だって登ってみせる。
埃だらけのビルの屋上で、クラウチングの姿勢をとる。
「3、2、1、GO!」
駆ける。
向かい風も気にしねえ。
狼の姿勢で隣のビルへ。飛びながら、隣のビルの縁を掴む。毛羽立つモルタルに指が刺さる。気にしない。そのまま反動でくるりと回って、また次のビルへ。
高さの差があったって、それも気にしねえ。前へ。
翔んで、モンキーで着地したら、また前へ。
泣いてたら壁にぶち当たる。飛ぶしか、残されてない。
だから、前へ前へ。
涙が枯れるまで、前へ。
「待てよ、テレヴィ!」
詰め込まれたビル群の空に、オーリーをかますテレヴィが舞っている。太陽とテレヴィの栗色の髪が重なって、とても綺麗だ。
ビルとビルの間の空を、テレヴィと一緒に飛ぶ。最上階の住人が窓開けて怒鳴ってやがる。
「うるせえぞ、ガキィ!」
てめえがうるせえよ。前宙しながら、あかんべえをした。
「速くなったじゃん、ラジオ!」
滑走しながら、テレヴィがこちらへ振り向いて笑った。
「んだろ? もうこの街イチのパルクーラーだぜ」
「じゃあさ、あれ。飛び越えれっか?」
テレヴィが目の前を指さした。教会の屋根だ。くすんだ赤い三角屋根の真ん中に、旗が揺れている。今いる五階建てのビルから、かなり距離がある。
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