いつもの日常

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いつもの日常

ここは異世界にあるレムスラ大陸の南端にあるファムセン王国。 肥沃な大地に大河ラースンの恵みを受けるのどかな国だ。丘陵では柔繊羊(じゅうせんよう)が草を食み、青い空を高躍鳥(コウヤクチョウ)が飛んでいく。 王都ラハトラッツの中心部には、最高神タトライシスの彫像が荘厳に聳えている。そこから西へ行ったところに、冒険者のためのギルドの本部がある。 そこでは王国内で「ダンジョン」「迷宮」「魔物退治」「宝探し」「竜の巣」「古代遺跡」「護衛」「海底探検」「新種発見」「底なしの渓谷」 「ふりかえりの森」その他もろもろに挑む冒険者を初心者から熟練者までサポートする。 ここに登録していなければ、冒険をしていても社会的に冒険者ではない。 ギルドはハーノス朝様式の建築物で、その敷地面積は一区画を丸々占めるという巨大な施設だ。冒険者ひしめく大フロアの喧騒を離れた一角に、 部署「ダンジョンに挑む冒険者のための対策課」がある。 「ダンジョンでの問題に柔軟かつ多角的に対応するため」 という名目で設立された。 しかし、その実態は多方面での「厄介者」を押し込めるための存在だ。 部屋の中には5人の男女がいる。 中央の円形テーブルに3人の男性、2人の女性が面している。 窓から差す光を背景に座る青年の名はディートヘルム。 茶褐色の髪に榛色の瞳の若者で、椅子に行儀悪く座っている。 よく言えば生命力がある、いきいきとして活発な、と表現できる。 悪く言えば軽率な印象だ。若者らしい軽装は、男爵家の次男坊としてはややラフに過ぎると言える。特筆すべきは傍らに剣を置き、5人の中で唯一武器を持ち込んでいることだろう。 その横にいる落ち着いた物腰の青年がアロイジウス。 黒髪に紫色の瞳。若いに似ず落ち着いた物腰で、その容姿と相まって人によってはミステリアス、高貴等といった印象を与えることもある。 本人は自分の父は王宮に出入りを許されているとはいえ、平民の医者だと否定するのだが。好学の士であるため外国語の本を持ち込んでいるが、今は仕事中とあって手荷物の中に仕舞っている。 皆と目をあわせず落ち着かない様子なのがカジミール。 このメンツの中でただ一人「魔法」が扱える魔法使いである。 魔法使いの証たる黒の長衣に、徽章をつけている。 彼は早く帰りたいという態度を隠しもしない。 ダークグレーの髪と胡桃色の瞳をした細身の青年で、男性陣の中では一番小柄である。 ちょうどディートヘルムの真向かいにいる女性がアルベルタ。 まばゆく輝く金髪に、宝石のように青く澄んだ瞳。それをけぶるような長い睫毛で縁どられている。陶器を思わせる白い肌に名のある画家が刷いたような紅い唇という組み合わせは、否が応でも人目をひく。豊かな胸部と細い腰が織りなす曲線美は、優美な女性美を体現している。 王都一の美女との呼び声が高い、魅惑的な伯爵令嬢だ。 最後が豪勢な衣装を身にまとうのが富豪の娘リュドミーラ。 彼女は絹織物に繊細な刺繍があしらわれたドレスを身に纏っている。 首元は大粒の麗貴石のネックレスで彩られている。 リュドミーラが動くたびに宝石がきらめき、くるりとした縦ロールが揺れた。足元の高いヒール(ダンジョンに入ることは一切想定されていない)は有名工房で特注したものだ。 衣裳は上から下まで豪勢な一級品ばかり。 社交の場でもなんでもない職場での服装に相応しいかはともかく、 素晴らしい衣装といえた。 皆、わけあってギルドに集まった。 率直に言えば本人たちの「不始末」のせいだ。 偶然にも同じ時期に外の世界で居づらくなった同年代の五人は、 親や知り合いの口利きでギルドに籍を置くことになった。 貴族であるディートヘルムとアルベルタ、富豪の娘リュドミーラ。 アロイジウスとカジミールは富貴の生まれではないが、昔からギルドと付き合いのある人から託されている。 もし彼らが業務中何らかの失態を犯せばどうなるか。 冒険者に被害が及んでも、五人の監督不行き届きが原因として、ギルドの元からの職員が叱責される可能性が高い。 そして万が一五人に危害が及んでも面倒だ。 そう考えたギルドの幹部は、彼らにあてがう為の閑職を用意した。 それこそが「ダンジョンに挑む冒険者のための対策課」である。 そこにまとめて五人を押し込めて以来、当たり障りのない仕事を与えてきた。 そのため5人はダンジョンの入り口にさえ直接行ったことはない。
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