呼び声

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エレナ。 その私を呼ぶ声はいつから聞こえるようになったのか覚えていない。 その声は機械的でもなく、男か女かもわからないもので、まるで耳鳴りのように私の耳に聞こえてきた。 最初に聞こえたときは返事をして振り返ったけれど、そこに誰かがいるでもなく。 まるで幽霊が真後ろにいて私を呼んでいるような不気味さを感じて、こわくて泣きそうになったこともある。 それでも、その声はただ私の名前を呼ぶだけで、私になにか危害があることもなく。 そのうち耳鳴りということにして、たいして気にならなくなった。 呼ばれてるとは思うから、返事をしてみたくても、声を出してはーいと言ってみても返事は届かない。 高校の誰もいない放課後の教室。 エレナと呼ぶ声に耳を傾けて、その場所へいってみようなんて思って、声が聞こえるほうへ歩いてみたこともある。 もちろん耳鳴りのようなもの。 どこから聞こえているのかわからないから、目を閉じて声よ、導けみたいな厨二病かみたいなことをしてみた。 結果は……惨敗。 机に当たったり、最終的には壁に顔面ぶつけただけ。 その声のところへはどうやってもいけなかった。 返事もできなかった。 他の誰かに聞こえるものでもなかった。 確かに私には聞こえるのに。 エレナ。 私の名前を呼ぶその声はどこか私を求めていた。 私はなにもできなかった。 高校を出て、大学生になって、大学を出て、社会人になって。 声はまだ聞こえるけれど、私の耳がおかしくなってるということにして、もうほとんど気にしていなかった。 私が就職したのはブラックもブラックなお仕事。 アプリゲームを制作する仕事。 最初の休暇の説明のときに、なにそれ?みたいなシフトなのはわかってはいた。 3ヶ月働いて1ヶ月休み。 休日というものはまとまってとることになる。 なにかの冗談のようにも思っていた。 それでもまとまった長期休暇という魅力に取り憑かれた。 ほぼデスクワークで歩き回るようなこともないし、そこまで疲れることもないだろうし、できないこともないんじゃないかなーと思って就職した、のは、間違いだった。 休みはない。 年間休日数としては多いくらいだし給与もいいのだけど、これ完全に労働基準法違反ですよね!?と訴えたくなるほど休みはない。 約90日の連勤である。 1日の労働時間は基本は8時間で朝から夕方まで。 ゲームを企画、制作、運営するお仕事だから会議が長引いたり、サーバーエラーで問い合わせが殺到したりすると残業となったり徹夜となる。 残業が続いたら最悪。 ゲームオタクの男もさすがにぶっ倒れた。 基本の労働時間外もチームリーダーになると呼び出しの電話がかかってきて、相談をされたり問題提議をくれたりして、休む時間が休めなくなることもしばしば。 ブラックすぎた。 わかってはいても、その過酷なものを堪えて越えると休みはある。 3ヶ月ほぼ遊びにいけずに使わずにいたお金をぱーっと使って海外旅行にもいける。 私の中できっとなにかがおかしくなっていた。 大学を卒業して8年。 職場に男は多いくらいいるのに結婚をすることもなく。 恋愛はたまーになんとなーくそんな感じになることはあっても、お互い同じ職場で支え合って…などということばかりが通用することもなく、会えない遊べない疲れて帰る日々が続くと破局となり。 三十路なのに1人バースデーを仕事帰りに寄ったコンビニでケーキを買ってきてする。 壊れていた。 社畜というものはこういうものだろうと思いながらも、この仕事サイクルにもさすがに慣れるという壊れ方をしてしまっていた。 エレナ。 あの声はまだ私の耳に届いてはいた。 そこに気をかける余裕もなく、いつものことのように聞き流していた。
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