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「防御壁の中は温度があるので空中に浮遊した蒸気は氷から雨となり川となり、防御壁の外、海へと流れます。塩分濃度が濃ければ海は凍ることもないのですが、川から流れた真水は凍ります。それでも川から逆流するかのように凍っていくことは防御壁内の温度が高いのでありません」
なにか理科の授業でも聞いているかのようだ。
そのへんの摂理はたぶん私の世界と同じ。
異世界とはいっても、同じような外見を持つ人間もいるし、文明的なものもほぼ変わらない。
ずーっとジオラマのそばにいてもよかったけど、ごはんの時間になって移動。
魔法陣でぱっと瞬間移動することにも慣れてきた。
次にぱっと移動したのは緑が溢れる場所だった。
公園のような。
空からは明るい太陽のような光。
鳥の囀りが聞こえる。
えぇっ!?と思って驚いて近くに見えた木の葉っぱにふれる。
その手触りは葉っぱなのだけど。
ん?と思って葉っぱをちぎって目の前に持ってきて眺める。
「ここはすべて魔法でつくられたヒーリングルームです。鳥は本物ですが、樹木や果実は魔法でできたもの。そこに命はありません。細かく再現しきるにはそれなりの知識と技術が必要となります」
キースさんは私が手にした葉っぱを見て、私の手に軽く手を添えて、私の鼻にその葉っぱを近づける。
くんくんしてみた。
緑のいい香りはする。
でもなにか植物ってこんなんじゃなかったような気がする。
「人間が望む形を再現したもの、ではあるでしょう。魔法で創り出したものばかり目にするので、さすがに私も本物を忘れます」
私も本物の葉っぱのにおいを嗅いで違いをみたくなる。
なんて思っていたら、キースさんの手には葉っぱが出てきて。
「こうして異世界から本物を召喚して本物を忘れないようにはしているつもりです。じゃないと記憶だけでは創造もできなくなりますからね」
キースさんはその葉っぱのにおいを嗅いでから私に渡してくれる。
受け取ってくんくんしてみた。
さっきのいい香りの葉っぱとは比べ物にならない葉っぱを感じられた。
これだと思える葉っぱのにおい。
草むらのにおい。
生きてるもののにおい。
決していいにおいばかりでもない、青々としたにおい。
葉っぱをくんくんしていたら、キースさんはいつの間にか歩き出していて、私は慌ててキースさんを追いかける。
少し走って、待って待ってとその袖を掴む。
キースさんは少し立ち止まって私を見てくれる。
「あなたをイミテーションとは思いません。その思考は私の予想外のところにくるので、あなたはあなたなのでしょう」
その言葉、何気ないものではあったのだけど。
さくっと刺さった。
王女様のニセモノ。
なにも言えない私を連れるようにしてキースさんは歩いて、公園の中のベンチに並んで座る。
「なにか食べたいものはありますか?」
聞かれて頭を横に振って応えると、キースさんはサンドイッチを出してくれて、飲み物も出してくれる。
特にお腹は空いてはいないけど、サンドイッチを渡されて、両手で持ってはむっと食べてみる。
これもイミテーションなのだと思うと味気ないもののように思えてくる。
私の世界の食べ物が食べたくなる。
私の隣でキースさんもサンドイッチをもぐもぐ。
その食べてる横顔を見ていると、その視線は私に気がついたように私を見てくれる。
少し笑ったかと思うと、鼻の頭を指先で拭われた。
頭の中には夢でみた、少年が少女の頬を拭う姿が浮かんだ。
好んではいけない人。
恋人なんて望んではいけない人。
どこかでそんなふうに思う。
思うからこそ、早くベルソレイユに挑戦してみたくなる。
これは逃げているのかもしれない。
「私がキースさんを好きになっちゃったらどうします?」
そんなふうに聞いてみると、キースさんは少し赤くなって恥ずかしそうに目を逸らす。
私は王女様のニセモノ。
かわりにもなれないもの。
だって、きっと、私は、死んだ。
溺れて苦しかったあれを思い出すと、ぽろっと涙がこぼれた。
ぽろぽろ涙がこぼれて止まらなくなって、キースさんは私を見て驚いたように私の涙をその手で拭ってくれる。
この体がなんなのかはわからないけど。
私、それでも、ベルソレイユを目覚めさせることはできるかな?
「エレナ。どうしました?……あの、その…、好きになってくれたなら…、その…、……俺も好きになりそうです」
キースさんは私の泣き顔に焦ったようにそんな返事をくれた。
あせると俺って言っちゃう。
どこからぶらぶないちゃいちゃな会話をしてくれて、泣いてるのに私は笑った。
……私がみた夢をすべて否定して。
死んだことや、2人の子供の頃の話。
なりかわれるなら王女様になって、キースさんと恋愛したかった。
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