呼び声

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連日90日の出勤は後半になるほどさすがにふらふらになる。 残業がなければ、なにも問題がなければ、新しいものを作ろうとしていることがなければ、企画会議をしながら運営をしているだけで大きく疲れることもない。 新しく出したアプリの動作がどれだけやっても調整がうまくできなくて問い合わせが殺到で残業ばかり。 おかげでまともにご飯を作ることもできないし、趣味の時間にかける心の余裕もない。 家に帰れるだけマシなのかもしれない、などと思ってもみる。 立派な社畜かもしれない。 誰もいない一人暮らしの部屋の扉を開けて、げっそりぐったり疲れた体を引きずって部屋に入る。 部屋は片付ける暇もないから当然のように荒れている。 食欲もわかず、お風呂お風呂と次に呼び出しをくらう前に入ろうと用意する。 まともな食事と睡眠がない。 そろそろ過労で倒れるかもしれない。 脱衣室にある洗面台の鏡に映る私はどこのおばさんだというやつれた姿。 クマもひどくて血色は完全に死人だ。 まだ白髪はそんなにひどくもないけど、じきに更におばさんとしか言えないものになるだろう。 服を脱いで全裸になるとバスタブにお湯を張りながらシャワーを浴びる。 シャワーをひたすら浴びてお湯も溜まってきたら、好きな入浴剤を入れてバスタブにぐったりと体を寄りかからせて目を閉じて休む。 少しのリラックス。 入浴剤のいい香りがバスルームに充満して癒される。 疲れた。 本気、疲れた。 このままここで眠ってしまってもいいかも。 すーっと意識が遠くなるのを感じる。 シャワーは出しっぱなし。 その音が耳に心地よくも感じる。 だけど、半身浴とも言えないほどお湯が溜まってきた。 のぼせる前にあがらなきゃと思って目を開けて体を動かそうとした。 動かそうとした体はバスタブの中で滑って、慌ててバスタブのヘリを掴もうと思ったのに、目の前はぐにゃりと歪んで体が思うように動かなかった。 目の前が歪んで見えても掴みたいものの位置はわかってるはずなのに、手足はジタバタと暴れるかのようになって。 ダメだと思ってるのに頭がお湯の中へ沈む。 抵抗した。 お湯をかいてもがいていた。 起き上がりたいのに起き上がれなかった。 浅い狭いバスタブなのに、私はそこで溺れた。 口の中に入るお湯に咳き込んで、呼吸をしようと起き上がろうと必死にがんばったけど。 自分の体が思うように動かなくて沈むばかりで。 意識はぷつりと途切れた。 エレナ。 あの声が聞こえる。 目を開けても真っ暗な中、その声だけは聞こえる。 いやだ。 私、まだ死にたくない。 あんなブラックな仕事をずっとしていたかったわけじゃない。 結婚して幸せなマイホーム。 笑顔の素敵な旦那様とかわいい子供。 助けて。 あの声にすがるように、体の感覚もない意識だけの中で思っていた。 あの声がなんなのかもわかんないのに。 ただの空耳かもしれないのに。 助けて。 助けて、助けて、助けて。 ひたすら私が求めていた。
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