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ぼんやりしながら起きて、キースさんが作ってくれる食卓に行って椅子に座る。
おいしそうなごはんにおなかがきゅるきゅる。
「今日のごはんはどこから盗んだんですか?」
「……窃盗犯のようでそれはあまり言われたくないんです」
「窃盗犯でしょ?でも私の世界、私の国、余ったごはんは食中毒の危険性もあるから捨てられていますし。少しくらい盗んでも大丈夫ですよ」
貧しい家庭から盗むというのでもないようだし。
ホテルのごはんはおいしい。
「豊かな国なのでしょうね。エレナの暮らしは豊かでしたか?」
キースさんも椅子に座って一緒にごはん。
私は自分の生活を考える。
充実していたかと問われると謎だ。
今の生活が自由でストレスがほとんどなくて。
食生活だけで考えてみても謎。
「コンビニのごはんばかりだったかもしれません。休暇中は旅行で旅先のごはん…」
思い出せるものに自分の手料理がほとんどない。
作れないわけじゃないんだけど。
材料がいくらでもあったのは豊かな国だなと思う。
「旅ですか。そうだ。この世界の他の国へ旅行にいってみますか?防御壁に守られているのはこの国だけではありませんから」
ヒーリングルームよりおもしろそう。
キースさんのヒーリングルームの使い方は王女様とのお遊びだったとわかったけど。
あれは私にはこわいものでしかない。
いいないいなと思いながらフォークで自分の口元にパスタを運んでいた。
忽然とパスタが消えて。
かたんっと音をたててフォークが落ちた。
あれ?と思って手元を見ると、私の手がなにか欠けていた。
欠けているとしか言えないもの。
削れたでもなく。
その私の手はキースさんの手に包まれた。
私は自分の欠けた手を見ていた。
キースさんの手はそれを見せないように隠したかのよう。
「私、今、手…」
消えてませんでした?
そこまで問いかける前にキースさんの手が離れて、欠けたはずの手はそこに戻っていた。
幻でもみたかのよう。
じっと自分の手を見ていると、キースさんが新しいフォークを渡してくれる。
私はそれを受け取ってみる。
持てた。
欠けてない。
思うように動く。
動いても自分の手を見てしまう。
私の入れ物。
限界?
「……種、早くください、キースさん。直接じゃなくていいから」
早くしなきゃ。
のんびりごはん食べて過ごしてる場合じゃない。
これだけキースさんにお世話になりながら、なんの研究の材料にもなれなかったなんて、絶対にやってはいけない。
手が震えて、フォークをおいて、自分の手を握る。
やらなきゃ。
消えてなくなる前に。
ベルソレイユにふれる前に消えるわけにはいかない。
「食事中です、エレナ。食べましょう?はい、あーん」
キースさんはフォークに私が食べようとしていたパスタを絡めて、私に差し出してくれる。
私はキースさんを見て、やだと頭を横に振った。
ごはんを食べてる場合じゃない。
なんにもできずに終わってしまう。
それだけはやだ。
やだやだと頭を横に振っていたら、涙が溢れてきた。
涙でぼやけてキースさんの姿が滲む。
目を閉じて涙を拭って、早くしなきゃとあせる気持ちが増えてくる。
私がするんだ。
少しでも役に立てるように。
無駄な命とならないように。
私にならできるんだ。
できるのにやらないで終わるわけにはいかないんだ。
会社がやれとしてるわけじゃない。
これは私がやりたいからやること。
私のためにやること。
私の存在のために。
やらなきゃ。
やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ。
他の誰かに私の存在とられちゃう。
やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ。
私の意味をつくらなきゃ。
私の頭はキースさんの腕に包まれて、その体に押し当てられた。
どこか過呼吸になっていたものが、少しだけ和らいだ。
「ベルソレイユのことは忘れて、もっと楽しいことを考えましょう?こんな終末の世界ですが、エレナがしたいことはありませんか?俺が……できることはするから」
できること?
「体…。私の体、もう少しだけ…。お願いだから、もう少しだけ、消さないで」
私はそれを願った。
きっとこれはキースさんしかできないこと。
「わかってる。私の体、もうないの。私、死んじゃったの。でも私、今、ここにいるから。お願いだから私をもう少し消さないで…」
キースさんの体にふれて、その服を掴んで、泣きながら必死にお願いをした。
死んだのに。
私、もう、いないのに。
この体をくれたのはキースさんだって、わかってるから。
キースさんに願うしかなかった。
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