呼び声

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溺れていた。 呼吸ができなくて苦しくてもがいて、だけどどれだけ必死になっても口の中に入る呼吸を止めるものを吐き出せない。 手は水をかいて、顔を必死に水の中から出そうとする。 意識がここに浮上してくると、私はその行為を思い出して必死にもがいた。 溺れたくない。 お風呂で溺れたくない。 死にたくない。 そればかり考えて唇は必死に空気を求めて息を吸う。 私の水をかく手の手首を掴む手を感じた。 その手に引き上げられるかのように、顔を水中から出した……というのは、私の錯覚。 目を開けたそこは見たこともない薄暗い部屋だった。 呼吸はぜぇぜぇはぁはぁと整えきれるものでもなく。 バスルームでもないここにバスタブもなければ水もない。 それでも額からは大量の汗が吹き出して頬を流れて落ちている。 つつっと頬をつたう自分の汗の雫を感じながら、自分のいる場所を見ると、なにかの台座の上に座っていた。 心臓はまだまだバクバクとして落ち着かない。 更によく見てみると、私の腕を掴む手は確かにあった。 その手をたどるようにその相手を見ると、見たこともない男がそこにいた。 頭から黒っぽいローブなんてかぶって、ものすごくあやしい人ではあるけど、年齢は20前半から半ばの若い男。 顔は私好みの美形なイケメンだった。 どこかで見たジャニーズがこういう顔だったかもしれない。 ローブの隙間からこぼれてる髪は黒だけどその高い鼻も瞳の色も日本人ではないものを感じる。 ハーフとかいわれたら納得できるかもしれない。 驚いた顔で私を見ている。 その視線を見てから、そういえば裸だったと思い出して、慌てて自分の体を腕で隠す。 裸…なのだけど。 自分の体になにか違和感があった。 薄い明かりの中、私の体はどこかつやつや。 加齢を感じていた体。 痩せてなんの魅力もなくなった体。 ぷるぷるつやつやのむちむち。 自分の体を見ていた私の顔にはさらりと髪がこぼれて落ちてきた。 なぜか少しウェーブがかった、腰までありそうな長い薄い紫の髪。 私の髪はこんなのじゃない。 黒くてストレートの肩くらいの長さのセミロング。 違和感が更に膨れて、なにか私の中の血液がさーっとひいていく。 体が無意識に震える。 な、なに、これ? 髪を掴んで引っ張ると頭皮が引っ張られて私が痛かった。 震えを止めようと髪を掴んでみても、ぶるぶる震える。 視線をあげて、私の腕を掴んだままのローブ姿の男を見た。 男は私の視線に気がついたように、そのローブのフードをおろして、ローブを脱いでいく。 こぼれる黒い髪は短髪で、前髪は少し長めで彼の顔に影をつくる。 着ている服はどこのコスプレですか?というような、なにか制服のような軍服のようなもの。 男はローブを私の体を隠すようにかけてくれた。 「エレナ。それが君の名前?」 彼は私の名前を呼ぶ。 こんなイケメンの知り合い、私にいるはずもない。 ゲームオタクの知り合いはいくらでもいるけど、こんなイケメンなんて私は知らない。 私の名前を知っていることがかなり不気味だ。 そうですとも言えなかった。 ただただ、この状況がなんなのか私には理解不能だった。 私は溺れた。 確かに溺れて死んだはずだ。 死んだ…はず、なのに。 私はなにか別人になっている。 誰か私に説明してくれっ!
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