呼び声

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男は私の視線にどこか少し困ったような迷ったような表情を見せる。 「言語は通じるようになっているはずなんだけど…。俺の言葉はわかるかい?」 男は確認するように聞いてくれる。 聞き取れるかという意味ならわかるから恐る恐る頷いてみる。 自分の状況はまったくもってなにもわからないのだけど。 ここにあるのはただただ不安だ。 この体、絶対に私のじゃない。 私の髪じゃないし、私の体じゃない。 顔ももしかしたら私じゃないかもしれない。 「俺はキース。リアム・キース・ラッドという。この国で研究者をしている。歳は22」 なにか自己紹介をしてくださった。 よくはわからないけどキースさんというらしい。 カタカナの名前がやっぱり日本人ではないんだなとわかる。 「君は俺が召喚した。ここは君が生きてきた世界とは違う異世界というものだ」 それにはさすがに真剣に話を聞く姿勢だったのに、はぁ?となった。 なに、そのファンタジー、というものである。 そりゃゲーム作ってる会社にいたから、そういう設定はわからなくもないけど、ファンタジーがすぎる。 こっちは真面目に話を聞こうとしているのに。 「君を召喚した理由は1つ。君にこの世界を救ってもらいたい」 キースさんは真面目な顔をして、更にはぁ?となりそうな言葉を続けてくれる。 いやいや、そんな、私、勇者じゃないし。 ただのブラック企業に勤める社畜だし。 モンスターと戦えと言われても絶対に無理だし。 誰かを救えるような力が私にあるわけないし。 言いたいことはたくさんある。 あるけど、キースさんの言葉が真実だとして。 召喚っていった? 私、死んだんじゃなかったっけ? 「いきなりそんなことを言われても君にはなにもわからないと思う。だけど、それを説明するのが召喚者となった俺の仕事なんだ。悪いけど、もう少し聞いてほしい」 キースさんは冗談とするでもなく、真面目に真面目にお話。 悪い人でもなさそうである。 私も私がなぜここにいるのかわからないし、そのお話は私が聞かなければならないことだと思える。 キースさんは立ち上がる。 私はそれを見上げる。 その大きな男の手が私に向かって差し出された。 「まずは着るものを用意しよう。君に紹介したい人もいる。君がこの世界を救わないとするなら還してあげることも可能だ。俺を信じて少しの間、つきあってほしい」 なにか黒髪の長身のイケメンが私に頼んでいる。 話を聞くくらいはしてもいい。 私もわからないままではなにを考えることもできない。 私はキースさんの手にふれる。 その手に引っ張られるように台座からおりた。 改めてまわりを見ると、薄暗い明かりの部屋。 あるものは台座と床の魔法陣のようなものだけの部屋。 魔法陣に描かれた文字が紫色に光っている。 なにかゲームの中のキャラ召喚を頭の中に描いてしまった。 私はレアカードとなれるのか。 それともまったく使えないカードなのか。 自分でも判断できそうにない。 ただ。 還す、と言われても。 私の頭の中には私が溺れた感覚が蘇ってくる。 台座の上を見ると汗とは違う水滴は確かにあった。 というか濡れている。 私の体は濡れていないけど。 お湯の中から引っ張りあげられたのかもしれない。 ……死んだ、はず、なのだけど。 どうしてもその死んだ感覚が忘れられない。 還すと言われても、どこに?としか思えない。
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